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白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル

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 伺うように話しかけてみたが、まくらの反応はやっぱり芳しくなかった。

──ていうけど……明らかに元気ないんだよな、コイツ……

 いくらなんでも、合宿の時の事をまだ引きずっているとは思えない。
とすると、あとはもうソフトで敗退した事しか原因が思い当たらないのだけれど。

……そう、まくら達は、あの合宿後の次の試合で、あっさり敗退してしまっていた。
 前の試合では、あれほどのピッチングを見せていたまくらだったのに、
次の試合では別人のように調子を崩していたらしく、大敗を喫してしまったのだった。

「……え……? 計佑アンタ。もしかして、まだ聞いてないのかい!?」
「は? 何をだよ」

 由希子が目を丸くしているが、計佑には何の話なのかさっぱりだった。

「……ちょっと、くーちゃん……?」

 由希子が、心持ち厳しい顔をしてまくらを見つめて、まくらはその視線から逃げるように顔を逸らした。

「……おい? 何の話だよ」

 計佑が問いかけたが、二人はしばらく口を開かなかった。

「くーちゃん……自分で話したいっていうくーちゃんの気持ちを尊重したつもりだったけど、
アタシは計佑の母親でもあるんだよ。 くーちゃんが言わないんなら、もうアタシが──」
「──待って、おばちゃん」

 まくらが、諦めたような表情で計佑のほうを見つめてきていた。

「ちゃんと話すから……計佑。私の家にきて」

─────────────────────────────────

「私、引っ越すんだ」
「……え……」

 一瞬、何を言い出したのか理解出来なかった。

「……は……? え、何の冗談……」

 呆けたような声が出たけれど、まくらの静かな表情に変化はなかった。

「おい、だから……」

 言いかけて──視線を落とした。

……わかっていた。冗談などではないことくらい──あちこちに積み上げられたダンボール箱を見せられれば。
 俯いた少年に、まくらの静かな声が覆いかぶさる。

「お父さんの仕事についていく事にしたんだ。 ……新潟のほうだよ。結構遠いね。
子供の頃からずっとこの街だったから、ちょっと不安はあるけど……」

 そんなまくらの声は、殆ど耳に入らなかった。……頭がグラグラするような気がして。

「なっ……なんで今更? どうして、ついていこうなんて……」

 どうにか声を出した。
──けれど、ドクドクと悲鳴を上げる心臓がうるさくて、自分の声なのにろくに聞き取れなかった。

「何でって、別に当たり前のことでしょ。親の転勤についていくのなんて」

 そっけないまくらの答え。けれど、そんなものに納得なんて出来る筈もなくて。

──今まで、ずっとお前のコトなんてほったらかしにしてた父親にかよ!!

 そんな言葉を口にしそうになって。ギリギリで踏みとどまった。
そんな事を口にしたら最後──父親のことを本当に慕っているまくらは完全にキレてしまって、
話は終わりになってしまう。
 大きく溜息をついて。深呼吸をして、どうにか気持ちを落ちつけた。

「……いつ引っ越すんだよ」
「29日」

 その答えに愕然とした。

──もう数日しかないじゃないか……!!

「なっ……なんでそんな急な……!?」

 そう口にしていて、思い出した。今朝の食卓での母とまくらの会話──
引越しの話自体は、もうずっと前に出ていた事なのではないかと気付いて。

「……いつ、引越しなんて話が決まったんだよ」
「合宿から帰ってきた日の晩」

 相変わらずそっけないまくらの答え。
けれどそれに、ついに心が沸騰してしまった。

「……10日以上前じゃないかよ!  何でこんな長い間黙ってやがったんだよ!!」

──もっと早く話してくれていれば。
──引き止める事だって出来たんじゃないか。
──もうあと数日もないなんて、それじゃあもう手続きも何もかも終わっていて、完全に手遅れじゃないのか──

 そんな憤りを抱いて、思わずまくらに詰め寄ったが、まくらの表情は変わらず落ち着いたままだった。

「だって計佑、ずっとバイトで疲れきっていて、話をする余裕なんてなかったじゃない」
「そっ……それは……!  ……でも!!」

 確かに、帰宅すればすぐにベッドに倒れこんで、泥のように眠る日々だった。
それでも、全く口を開けなかった訳ではない。
こんな大事な話なら、どんなに疲れていたって、無理をしてでも絶対に聞いておきたかった……!!

 うつむいて、悔しさに唇を噛み締めていると、

「……ちょっと意外。まさか、そんなに動揺するとは思わなかったよ」

 久々に、まくらの声に感情がこもっていた。バッと顔を跳ね上げる。

「ふざけんなよ……! しないワケないだろ!!
何で、もっと早く言ってくれなかったんだよ……そしたら、引き止めるコトだってなんだって……!!」

 そんな風に訴えたが、一度は浮かんでいたまくらの感情が、また顔から消えた。

「引き止めるって何? ……さっきも言ったけど、合宿から帰った日には、もう決まっていた話なんだよ。
仮に、もっと早く話していたとして、それで計佑が引き止めようとしてきていたとしても。
結果は変わらなかったんだよ」
「……っ……!」

 取り付く島もないまくらの言動に、歯を噛み締めた。拳を握りしめて俯いていると、

「……ねえ、なんでそんなに悔しそうなの? 私が引越すからって、別にもう計佑にはどうだっていいコトじゃない」
「はあっ!? 妹みたいだったお前がいなくなるんだぞ……どこがどうでもいいコトなんだよ!!」
「だって。妹なら、もうアリスちゃんとかいるじゃない」
「……は?」

 予想外の答えに、ポカンとしてしまった。

「綺麗で優しい恋人に、素直に甘えてくれる妹もできちゃって。 ……生意気なばっかりの妹なんてもういらないでしょ?」
「……なっ……なんだよ、それ……」

 まくらが言っている事が、僅かな間は理解出来なかった。
 けれど、合宿二日目での、
あの時には全くわからなかったまくらの言動──髪をかきまわしてみせろと言い出した──を思い出して。
 漸く、理解できた。
あの時のまくらが『妹として』アリスに嫉妬していたのだと。

──そ……そういうコトだったのか……

 ずっと、まくらに対してしかやってこなかった "ワシャワシャ"。
それをアリスにやってみせているところを、見つけてしまって。
 そして最近では、まくらに対しては全くやっていなかった行為だから、
自分たちの間に、距離が出来てしまったと考えたのだろう──そう気付いた。

「なんでっ……いや! あの時言いたかったのはそういう事じゃないんだよ。
別に、お前と距離をとろうとか考えてたワケじゃなくて!
偉そうな兄貴ヅラはやめて、もっとこう、対等にっていうか、オレが望んだのはそういう新しい関係みたいな──」
「──私は、そんなもの望んでなかった」

 まくらに、途中で遮られて。

「……え……」

 もう、二の句が告げられなかった。

「どうせ、私が望んだ関係なんて無理だったんだから。
……それならせめて、兄と妹って関係だけでも続けて欲しかったのに……計佑はそれも拒んだ」