白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
そもそも、なんでオフクロはそんなにあっさりしてるんだっ?
どうして、オフクロは引き止めようとかしないんだよ!」
「ちょっとちょっと。ムチャ言うんじゃないよ。
隆さんが望んで、くーちゃんも望んでるコトに、なんで他人のアタシが口出し出来るって言うんだい?」
計佑の詰問に、由希子が苦笑してそんな風に尋ね返してくるが、
そんな母の言葉は、計佑にはまるで納得できないものだった。
──どこが他人だというのか。由希子だって、まくらの事は娘のように可愛がっていたじゃないか。
──それなのに、ずっとほったらかしにしていた父親についていくなんて話を、何故そんなにあっさり受け入れているのか。
まだ子供の計佑には、そんな風にしか思えなかった。だから、
「おじさんが望んでる? そんな話あるかよ。そりゃまくらの方はずっと慕ってたけど、
それなのに、まくらのコトなんてずっとほったらかしにしてた人じゃないかよ」
そんな言葉を口にしてしまって、
「……バカ言うんじゃないよ、計佑。それ以上言ったら本気で張り倒すよ」
母親の鋭い眼光に、少年がぐっと息を呑んだ。
「……隆さんはね。くーちゃんのコトだけを支えに生きてるような人なんだよ。
同じ親であるアタシには断言出来る。
あの人以上にくーちゃんを愛している人は、この世界のドコにもいないんだよ」
──妻を亡くした時の、隆の荒れ様は本当に酷かった。
それでも、どうにか持ち直したのはまくらの存在があったからだ。
今では、まくらの事だけを頼りに日々の激務を耐えているような人から、
娘の存在を取り上げるなんて非道な真似は、同じ親としてやれる筈もない事だった。
そんな風に考えていた由希子からの叱責だったけれど、
「……なんだよそれ。オレには全然信じられねーし、わかんねえよ……」
まくらを失ってしまう事に、どうしても納得できない計佑が俯いたまま呟いて、
「そりゃ16歳のアンタで理解られちゃあ、むしろ怖いけどね」
由希子が釣り上げていた目尻を下ろして、苦笑してみせた。
そうして、母の怒気が緩んだ事でどうにか顔を上げられた計佑が、
「……まあ、おじさんの事はオレにはわからないけど。
……でも、まくらのあの言い様だって……あんまりだったんだよ」
そんな風に、母へと訴えて。
「なんだい? くーちゃんからは、どんな風に話をされたんだい?」
由希子が水を向けてきて、
「だってさ……あいつ、俺達との生活を『疲れた』なんて言ったんだぜ……?
あんまりじゃないかよ。オフクロにだって、あんだけ懐いてたクセしてさぁ……?」
こればかりは、絶対に母にも同意を得られるはずだ──そう信じて、少年が問いかけた。けれど、
「……疲れた? くーちゃんがそう言ったのかい?」
由希子は目をパチクリとさせるばかりで、計佑の望んだような反応は返ってこなかった。
「そうだよ、間違いなく!
……いや、一応後で詫びてはきたけどさ……それでも、あの時のアイツ、多分本気で言ってた。
そんなの、オフクロだってムカつくだろ!?」
母だって、自分のこの怒りにきっと同調してくれると思っていたのに。
芳しくない反応に納得できず、語気を強めてもう一度訴えたけれど、
「……は〜……なるほどねぇ……まあそういう可能性も考えちゃいたけど、本当にそうだったんだねぇ……」
由希子は何やら一人でうんうんと頷き始めて。結局、計佑の望んだ反応はないままだった。
……けれど、計佑にとって、もうそんな事はどうでもよくなっていた。
「……え? お、オフクロ、まくらが何考えてるのかわかるのかっ!?」
まくらの、自分への不満は一応わかったつもりだったけれど、
それでも『疲れた』なんて言い出した理由は、さっぱりわかる気がしなかった。
もしそれを母がわかるというなら、是非とも知りたいところで。
身を乗り出して、母の顔を至近距離から覗きこんだが、
「……ん〜……」
由希子は何やら難しい顔をして、唸るばかりだった。
「ちょっ、おい! 何だよ、焦らすような──」
「──まあ、ちょっと落ち着きなさいって。
気持ちはわからないでもないけど、アンタさっきから落ち着きなさ過ぎだよ。
とりあえず、ホラ、お茶でも飲みな」
肩を押しやられて、渋々椅子に腰を戻すと、由希子が湯飲みにお茶を注いで差し出してきた。
──言われてみると、確かにまくらとの話し合いからこっち、声を荒げる事が多くて。喉の渇きを、そこで自覚した。
素直に手にとって、一気に喉へと流し込んで、
「好きなコが出来たんだろ、計佑」
「ぶーーーーーーーっっっ!!!」
母からの予想外の一言に、息子が派手にお茶を吹き出した。
「がはっ……ごほっ、ごふごふっ!!」
「うわ〜……またキレイにハマったわね〜、しかし。……まるで、松田優作みたいな噴水っぷりだったわよ?」
どうやら計佑の反応は予想していたらしい……というより、
むしろ狙っての一連の言動だったらしい由希子が、
計佑からの噴水をブロックするのに使ったお盆をテーブルに戻すと、布巾で飛び散ったお茶を拭きとり始めた。
「………ふっ……ぐふっ! そっ…………げほ、げほっ! ………まっ……ごふ!!」
「……『ふざけんな! ……そんな話、どうでもいいだろ!?……まくらの話をしてんだよ、今は!!』
……ってトコかい?」
咳き込むばかりで殆ど言葉を紡げなかったが、母親は正確に意を読み取ってくれた。計佑がコクコクと頷く。
……けれど、こちらの言いたいことをしっかり分かっていながら、由希子はそれには付き合ってはくれない。
「バカ言ってんじゃないよ。アタシにとっちゃ、全然『どうでもいい話』なんかじゃないんだよ。
石ころにばっかり目がいってたアンタが、ようやっと目覚めてくれたってコトだろう?
全く、このまま石ころばかり追いかけ続けて、まさかアタシは孫の顔を見れないんじゃなかろうかと
ちょっと心配になりかけてたんだからね?」
「だっ、だから今はそんな話どうでも……! って、いや!? そっそもそも、別に好きな人なんて……!」
漸く落ち着いた少年が、必死で否定しようとしてみせたけれど、
「そんな、わっかりやすい反応しといて、今更誤魔化せるとか思ってんのかい? このおバカ。
それでも否定したいんだったら、せめて『そんな話、どうでも!』なんて部分は口にするべきじゃなかったね」
「……ぐっ……!!」
言い訳を添削までされてしまって、もはや何も言えなくなってしまった。
「くくくっ……! 随分とまあ赤い顔しちゃって……カワイイもんだねぇ」
──かっ、顔が赤いのは咳き込みまくったせいだろっ……!!
そんな風に、少年が心中で言い返した。……というか、心の中でしか言い返せなかった。
咳き込んだせいの赤みなんて、息が落ち着いた今はもうとれてきている筈で。
……そう、少年とて、本気で咳き込んだせいなどとは思ってはいないのだ。
それでも、思春期少年には母親にこんな風にからかわれるのは耐えがたくて、
けれどそんな言い訳を口にしても、また笑われるのはわかりきっていて──
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON



