白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
少年にとっては、それは求められての事か、非常事態ゆえかのものばかりで。
こんな風に、下心から行動しようとしていたのは初めてだった。
……まあ、既に結構色々な経験を経てきている癖に、ようやく目覚めた下心が
『手をにぎる』
なのだから、相変わらず奥手すぎる少年ではあったのだが──
ともあれ、とうとう決心して。
バクバク煩い心臓と、ドクドクと全身を熱く駆け巡る血に後押しされるように、
ジリっと右手を動かした瞬間──先に、雪姫の方が左手を重ねてきた。
──!!!!!!
驚きもあって、バッと音がする程の勢いで右手を逃して。
……雪姫の左手を、払いのけるような形にまでなってしまった気がした。
「あっ、す、すいません……!」
今は上映中だ、大きな声は出せない。
慌てて小声で謝ったが、ちょうど大きな音がスピーカーから流れ、雪姫に届いたかは怪しかった。
それでも話し込む訳にもいかず、とりあえずスクリーンに向き直る。
──くっそ、恥ずかしい……!!
自分の下心が完全にバレてしまった様な気がして、顔が熱くなった。
──くうっ、ホントになんでこんななんだよっ、オレは……!! ヘタレにも程があんだろ……!!
別にバレていたって構わない筈なのに。
雪姫の方だって手を伸ばしてくれていた訳で、つまりは、きっと自分と同じ気持だった筈なのだから。
だというのに、恥ずかしくて逃げてしまった自分が、本当に情けなかった。
──……せめてもの救いは、今のオレの顔を先輩に見られずに済んだコトかな……
きっと真っ赤に染まってるいるだろう自分の顔を見られていたら、
後でまたからかいのネタにされていただろう──と、そんな風に自分を慰めて。
そんな風に考えてばかりで、少年は愕然とする雪姫に気付かないまま──
いつしか、また映画に魅入り始めるのだった。
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やがて映画が終わり、スタッフロールが流れ始めて。
ラストも爽やかに締めてくれた映画に、計佑が満足の溜め息をついた。
「先輩って、スタッフロールも最後まで見る──」
そして雪姫に話しかけて、驚いた──雪姫が、ポロポロと泣きだしていたから。
──ええ……!? 途中は感動的なトコあったけど、
ラストの方は、そんな泣くような感じではなかったんじゃ……?
まあ、感動するポイントなんて人それぞれで違うものだろうし。
男である計佑ですら魅入ってしまった恋愛映画だ、
雪姫からしたら最高に感動してしまったという事なのだろうと、
もう声をかけようとはせずに、エンドロールを眺める事にして。
やがてそれも終わり、場内に明かりが戻ると、改めて雪姫へと振り向いて、
──えっ……!! ま、まだ泣いてる!?
まだ涙を零し続けている姿に、意表をつかれた。
……けれど、明かりが戻った状態ではっきりと目にする雪姫の姿は、
感動で泣いているというより、悲しみなどの負の感情に泣き濡れているようだった。
「せ、先輩……!? どうしたんですかっ。どっか痛むとか、苦しいとかあるんですかっ?」
映画は、暖かい感動を与えてくれる話だった。
だとしたら、今雪姫が苦しんでいるのは体調からくるものだろうと心配して、
「立てますかっ!? なんだったらオレ、先輩のコト背負いますから。だからとりあえず、ここを出て──」
「や、やだあっ!! ……こ、ここを出たら……出たらぁ……!!」
かけようとした言葉は、涙声で遮られてしまった。
ブルブルと強く首を左右に振る雪姫が、両膝の上でぎゅうっと拳を握りこんで。身体も縮こまらせて、
『絶対にここから動かない!!』
と全身で主張してきていた。
──せ、先輩……一体どうしちゃったんですか……!?
二人の立場を入れ替えての、合宿二日目深夜の再現のようになっていた。
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計佑に、手を払いのけられてしまってから。
その後の雪姫は、昨夜同様に──映画なんて、全く意識に入ってこなかった。
やがて、エンドロールも終わってしまって、もう場内から自分たち以外誰もいなくなっても、
立ち上がる事も出来ずに泣き続けていた。
──だ、だって、ここを出たら……!!
喫茶店に行こう、買い物に行こう、レストランに行こう──そういくら誘っても、
少年は応じてくれずに……絶対に聞きたくない言葉を繰り出してくる。
──もはや雪姫にとって、昨夜の夢は "絶対の予知夢" としか思えなくなっていて。
そんな風に、半日ほど前に『体感したばかりの出来事』を思い出して、
椅子の上で身体を縮こまらせていたら、……両手に触れてくるものがあった。
「…………?」
きつく閉じていた瞼を薄く開いて、自分の手を見下ろして、
──そこに、計佑の手が重ねられている光景を目にして。涙を溢れさせている瞳が、大きく見開いた。
「先輩……どっか痛いとかじゃないんですね?
何でここから動きたくないのか、オレにはわからないけど……
でも、先輩が落ち着けるまで、オレだって絶対、先輩のコト一人にしたりしませんからね」
あの日の夜、ずっと自分を抱きしめ続けてくれた人へ、
今度はこちらが恩を返す番だと、少年が力強い瞳で雪姫を見つめていた。
そんな風に身を乗り出してきている少年の顔を見つめて、もう一度自分の両手を見下ろして、
力強くこちらの両の拳を握りしめてきている、少年の両手を見て──雪姫がまた、大粒の涙を零した。
──……計佑くんの手……私の大好きな、計佑くんの手だ……!!
何度も自分を救ってくれて、幸せな気持ちにしてくれた、自分にとって特別な──計佑の手。
さっきは避けられてしまったその手が、今自分の手を力強く握ってきている事に、
先程までとは正反対の理由での涙が零れて、それが心から嵐を流し去っていった。
「……な、なんで……っ」
一言だけ口にして、握りこんでいた拳を開いて、手を裏返して。
計佑の手を、こちらからも握り直した──強く強く、自分の精一杯の力で。
「……ど、どうしてっ、さっきはっ、わ、私の手を払いのけたのぉ……っ?」
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しゃくりあげながらの雪姫の質問に、計佑は一瞬きょとんとしてしまった。
「……え? ……それって、映画の途中でのコト、ですか?」
確認すると、雪姫がコクンと頷いて。
「……えっ!? いやっ、一応謝ったんですけど……あ、やっぱり聞こえてなかったですかっ?
す、すみません……でも、そんなちょっと手を避けたくらいで──」
──そこまで泣き崩れるなんて、いくら打たれ弱い先輩でも、あんまりでしょう──
なんて言葉は、流石に続けられなかった。
……けれど、途中まで口にしてしまった言葉、そして恐らく顔にも出していたであろう感情で、
雪姫には十分伝わってしまっていたようで。
ようやく涙を止めた雪姫が、むうっと上目遣いで睨んできた。
「な、なによぉ……っ。ど、どうせ私は泣き虫ですよぉ……!
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON



