白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
でもっ、仕方ないじゃないっ。昨夜、イヤな夢見て。すごく、すっごくヤな夢だったんだもんっ。
あ、あんな夢さえ見てなかったら、私だってっ、こんなんでここまで泣いたりなんてしないもん……っ!!」
「……夢……?」
チリっと脳裏にノイズが走った気がした。
それが引っかかって、違和感にしばし呆けていたら、
「……なに、ぼうっとしてるの……?
……い、今は、ちゃんと私のコト見ててくれないとヤだよ……?」
また不安そうな顔に戻った雪姫が、至近距離からこちらの顔を覗きこんできていた。
「わっ!?」
我に返って、恥ずかしさに慌てて仰け反る。
──が、雪姫にしっかりと両手を握られていたせいで、大した距離はとれなかった。
「……それで? どうしてあの時、私の手から逃げたのか聞いてないよ……?」
そして瞳を潤ませたまま、雪姫が心細そうに尋ねてくる。
……その姿は、奥手少年であっても思わず抱きしめたくなるだろう程の可愛さだったのだけれど、
──えええ……!? あ、あれを話せっていうのか……!!
あの時の "下心" を話せと迫られて、
焦りからヒクヒクと頬をひきつらせる少年には、そんな感情を抱く余裕はないのだった。
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夢の事を口にしたら、突然計佑の目から光が消えた気がして。
手を握り合っているのに、なんだか計佑が遠くに行ってしまったような気もして。
慌てて縋り付いたら、すぐに計佑は意識をこちらに戻してくれたけれど、それでもまだ安心しきれなかった。
──映画中に手を避けられてしまった一件が、まだ片付いていなかったからだ。
今となっては、昨夜のような──気持ちに応えられないから、という──
理由からではないだろうとは思うのだけどれど、それでも。
たった今、計佑の意識がどこかへ行きかけたのを目にしただけで、
弱々しい少女はまた不安がぶり返していたのだった。
改めて尋ねると、少年は頬を引き攣らせて。
『話したくないなぁ……!』
その顔は、そんなセリフを声高に伝えてきていたけれど。
それでも雪姫が、しっかりと手を握ったまま、
未だ涙が残っているだろう瞳でじぃっと見つめ続けていると、やがて少年はプイっと雪姫から顔を逸らして、
「……かしかったからです」
言い捨てるように答えてくれたが、早口なせいで聞き取れなかった。
「え……? 聞こえなかったよ、計佑くん……?」
"もう一度言って" という意味を込めた、質問という形のお願いに、少年の横顔がカッと赤くなった。
最近は雪姫の専売特許になりつつあった、「う〜〜……っ」という唸り声を少年があげて。
歯を食いしばって、しばらく逡巡していた様子だったけれど、ついに観念したのか顔をこちらに戻してくると、
「……恥ずかしかったんです」
俯きながらだが、今度はちゃんと聞き取れるように、ゆっくりと口にしてくれた。……けれど、
「……え? ……恥ずかしい?」
雪姫には意味がわからない答えだった。
──え? え? だって……今さら? もう手を握るくらい、いくらでもやってきて……?
ぽかんとしていたら、こちらの顔をちらりと見上げてきた少年が、
意図が伝わっていないと察したのか更に言葉を足してくる。
「……だから……ですね。あの時、オレも……その、先輩の手を握りたいなぁって思ってて。
動こうかと思った瞬間、先輩の方から来てくれたから、その……ビックリもしたんですよっ」
「……はぁ。……えっと……」
計佑の言葉の意味は、それでもよくわからなかった。
タイミングが合いすぎてビックリした……それならまだわかる。
そのせいで、反射的に逃げてしまっただけ──というならわからないでもないけれど、
『恥ずかしい』という事情もあったらしいのが、よくわからなかった。
──えっと……計佑くんも、私の手を握りたいって思っててくれて……?
今日の自分は、昨夜の夢を否定する為に手を伸ばしていたけれど。
本来なら、昨夜のように──映画の内容に感化されて、手を計佑へと重ねていた筈だ。
では、同じタイミングで動こうとしていたという計佑も、
やはり同じような気持ちでいてくれたという事なのだろうか……?
──……んん……? でもそう言えば、計佑くんが私の手を握ってくれるのは……
自分が求めた時か、弱っているかの時ばかりだった。
それが、今日は違ったという事で……昨夜の自分同様の気持ちだったというのならば、
──それはつまり、計佑くんが……初めて、私の事を求めるような気持ちで手を握ろうとしてくれていたって事……!?
以前、彼が突然頭を撫でてきた時の事は未だによくわからないけれど、
今日の計佑の気持ちは、はっきりと理解できて。一気に嬉しさが溢れてきた。
そして、
「ぷっ……! ふふっ、あはははははっ!! け、計佑くんって……計佑くんってホントに……」
少年が『恥ずかしい』と言う理由──
"ある意味、初めて" 手を握ろうとする行為で、一杯一杯だったという──
も理解できた気がして、笑いもこみ上げてきてしまった。
「い、今さら……! 今さら、まだそんなコトが恥ずかしいの……!?
け、計佑くんらしいと言えばらしいけど、……ていうか、らしすぎる気もするけど……っ!」
事故も含めれば、もう随分と色々な接触を重ねてきているのに。
未だに手を握る程度の話で、顔を真っ赤にしている少年が堪らなく可愛かった。
そうして、雪姫が身体を折り曲げて笑い続けている間、
少年のほうは『やっぱり笑われる羽目になった……!』と不貞腐れたように口をへの字にしていたけれど。
ようやく雪姫に笑顔が戻った事に、内心安堵も覚えていて。その目元には笑みが浮かんでいた。
──そんな風に、二人が和んでいた所で、
「……あの。もう掃除したいんですけど……」
突然後ろから声をかけられて、二人してビクリと振り返ると。
そこには若い清掃員が、道具を手にしてこちらを見下ろしてきていた。
そのどこか冷たい眼差しは、特に計佑たちの繋ぎあった手に注がれていて。
「「すっ、すみませんでした……!!」」
二人は慌てて手を離すと、謝りながらガタンと立ち上がる。
そして、清掃員からの
『時と場所は選んでイチャつけよっ、このバカップル……!! リア充爆発しろ!!』
そんな無言のプレッシャーに追い立てられ、逃げるように映画館を後にしたのだった。
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第25話-2 『ようやく気付いた、真実<ほんとう>の気持ち』
<25話-2>
映画館を出た二人は、まず喫茶店に入って。
予想よりずっと面白かった映画について、ひとしきり語り合った。
といっても、雪姫は結果的に二度も見た形なのに、
二回とも後半からはまともに見ていなかったので、計佑にあらすじを教えてもらったりして。
「やっぱり、最後までいい映画だったんだね。……じゃあDVDが出たら、また一緒に観てくれないかな……?」
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON



