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白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル

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ほ、本当に、本当にありがとうっ……」

 ついには自分も涙声になりながら、どうにかそんな風に気持ちを伝えていく。

『……雪姫先輩……っ』
「家で一人きりで寝るコトも多いとか、そ、そんなのつらいに決まってるよ……!!
わ、私だって、そんなのだったら寂しくて寂しくて耐えられないに決まってるよ……!!」
『ぐすっ……雪姫先輩、ありがとうございます。でも……』

 雪姫まで泣きだしてしまった事で、まくらのほうは落ち着いたようだった。
一度だけ鼻をすすった後は落ち着いた声で話しかけてきて、

『……でも先輩の場合、『寂しい』じゃなくて『怖い』じゃないんですか?』
「……ふぇ? ……ままままくらちゃん!?」
『あははははっ。"ま" が3つも多いですよっ、雪姫先輩!!』

 まくらが、突然明るい声で笑い出して。からかわれている事に気がついた。

「もっ、もおお!? まくらちゃんっ、私は真剣に……!!」

……確かに、自分の場合『寂しい』より『怖い』の方が上位にくるのだろうけれど。
だからと言って、真面目に話していたところにからかいで返されてしまっては堪らない。
流石にちょっと怒ろうとしたところで、

『えへへ、ごめんなさいっ雪姫先輩。
でも、こないだのアリスちゃんの気持ちもちょっとわかったかも。先輩、からかうとすっごくカワイイんだもの』
「ま、まくらちゃあん……」

 追い打ちをかけられてしまい、結局萎れる事しか出来ない少女。
ガックリと項垂れてしまったところで、

『……まあ、そんなに湿っぽくなる必要なんかないんですよっ、先輩!!
今生の別れってワケでもないんだしっ、
冬休みにでもまた合宿とか計画して、そしたら私参加しに行ったりしますから!!』
「……あ……」

 そのまくらの言葉で、ようやく気付けた。
 湿っぽい空気を吹きとばそうと、泣きだしてしまった雪姫を慰めようと、
ワザとこちらをからかうような真似をやってみせてくれたのだと。

──……本当に……まくらちゃんは凄いよ。計佑くんに、ちょっと似てる……

 計佑の優しさは "天然" という感じだけれど、まくらのそれは "自然" という感じで。
2つとも意味は同じようで、でもちょっとだけ違う気もするような。
 まくらが今、電話口の向こうで、ニコニコと笑みを浮かべている姿が想像できて──
つられるように、雪姫の顔にも笑みが浮かんでいた。

「……うん。そうだね。絶対、絶対また遊びに来てね?
わたし、まくらちゃんには、まだまだ全然恩返し出来てないんだから、ね?」
『ええー? 別に恩なんて貸した覚えはないんですけど……あっ、でも、それならですねっ』

 そこでまくらが、一旦言葉を切って。

『……それならっ。雪姫先輩はっ、計佑と──ううん、私の……おにいちゃんと。
ずっとずっと一緒にいて、私のお兄ちゃんのコト幸せにしてあげてください!!
……それが、私への恩返しってコトでどーですか?』
「……っ……!」

 どこまでも優しいまくらの言葉に、改めて涙が出そうになった。

「……うんっ……うん!
わたし、計佑くんに甘えてばかりで、何が出来るか自信ないけどっ……
計佑くんと一緒にいられたら、嬉しくなれるのは私ばっかりかもしれないけどっ……
でも、でもっ、計佑くんにもそう思ってもらえるように、わたし精一杯頑張るからっ!!」
『はいっ、先輩いつもめちゃ頑張ってたからその点は全然心配──心配……あれ? ……あははは!!』
「えっ!? なっ、なに、まくらちゃん!?」

 まくらが、言いかけた言葉を訝しげな声で中断した後、いきなり笑い始めて。驚いて何事かと尋ねれば、

『あはははっ、い、いえねっ、雪姫先輩の場合、頑張りすぎてしょっちゅう暴走しちゃってるから!!
むしろ頑張らないくらいのほうが、上手くいくんじゃないかなあって思って!!』
「ええぇっ!? ちょ、まくらちゃあん!? ひ、ひどいよぉお!!!」
『あははははは!!! ご、ごめんなさいっ雪姫先輩……!!』

──そんな風に、また笑われたりしながら。

 雪姫とまくらとの、最後の会話は終わっていったのだった。


─────────────────────────────────


──8月29日。

 あっという間に迎えてしまったこの日、
まくら達の見送りに来ているのは、計佑、硝子、由希子の三人だった。
 まくらは「かえってお別れがつらくなる」と、目覚家以外のメンバーは固辞しようとしていたのだが、
硝子だけは頑として聞き入れず、こうしてこの三人で見送りにやって来たのだった。

 そして今ホームでは、まくらは硝子と、由希子はまくらの父と話し込んでいて。
計佑だけが一人ぽつんと、少し離れた場所で立ち尽くしていた。
 硝子が時折『何してるのっ、目覚クン!!』という目で促してくるのだが、
まくらの方が、頑なにこちらを見ようとしない事もあって、なかなか動けずにいた。
 けれど、やがてとうとう電車が到着する時刻になって。
ついに意を決して、まくらへと歩み寄っていく。それに硝子が、下がっていってはくれた。

……『遅いっ、遅すぎるくらいだからっ!!』という目で睨みつけてきながら、だったけれど……

──うあ〜……後で説教でもされるんだろうなぁ、これは……

 また "鬼の硝子" に叱られる未来が幻視出来て、ため息が漏れそうになる。が、今は──

「……ん。これ、やるよ」
「……え……」

 俯いているまくらへと、ずっと手にしていた紙袋を押し付けた。

「……なに、これ……?」
「グローブだよ。餞別にな」
「…………」

 両手で抱えた紙袋をじっと見下ろすまくらへと、あえて偉そうに言葉を続けた。

「まー、バイトでちょっと潤ってたからな!! 奮発して、随分と高いヤツ買ってやったんだぞ?」

 恩着せがましく、厭味ったらしく──まくらがツッコんで来やすいようにと、
ワザとそんな風な物言いをしたのだけれど、

「……そっか。ありがとね、計佑。……大事に、大事にとっておくね」
「……いや、あの。使ってくんなきゃ意味ないだろ、それ……?」

 静かに微笑んだまくらにそんな風に返されて、こちらがツッコむ羽目になってしまった。

「……エへへ。計佑からの……最後のプレゼントだもの。使ったりなんて出来るワケないよ」
「……最後って……いや、お前……」

 はにかんだまくらが、大事そうに紙袋を抱きしめなおしたけれど。

──最後ってなんだよ……会おうと思えば、いつだって逢えるんだぞ?
  実際、冬休みにはまたこっちにだって来てくれるんだろ?

 雪姫からは『冬休みに、また合宿でも──』みたいな話をしていたと聞いている。
 確かに距離を思えば、もうそうそう会うことは出来ないだろうけれど、
それでも、決してもう会えなくなる訳ではない。
これからだって、会おうという意思さえあれば、まだまだいくらだって会うことは出来るのだ。
 プレゼントだって、何だったらまたお前の誕生日にでも贈りに行ってやるよと──
そんな風に思ったけれど、それは口には出さなかった。
 今、まくらに1番に伝えたい事は──

「……あのな、まくら」