白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
「……そんなんじゃない。本気で、そう愚痴っただけだよ」
そう、もうどうしたらいいのかわからなくて……半ばヤケになって愚痴っただけ。
そんな、硝子の言うような気持ちなんて、決して──
「……まくらが……怒ってるっていうんなら、まだよかったんだ」
独白のように、口を開いた。
「……でも。昨日オヤジさんに話を聞いた感じじゃあ……オレのせいで、アイツはなんか苦しんでるみたいなんだ」
自分がまた何かバカな事をして、まくらを苦しめてしまっていたというのなら。
それをはっきりと叱ってくれるだろう相手は、硝子しか思い浮かばなかった
──そうだ。口にしてみて、自覚できた。
確かに自分は今、硝子に叱ってほしかったのだ。
まくらを苦しめてるなんて全然気付かずに、嫌がらせのような真似まで続けていた自分を、
罰してほしかったのだと──
「……だから、『後悔する』って言っておいたのに……」
「……え?」
硝子の呟きは、辛うじて聞き取れたのだけれど。
何の話かは咄嗟には思い出せなかったし、意味もよくわからなかった。
「ねえ、須々野さん。オレは……何を間違えたっていうの?
見送りの時、オレはちゃんと兄貴ヅラしてふるまったハズなんだよ。
合宿の時に須々野さんがくれたアドバイスも、そういうコトだったんだろ?
それが、まくらが望んでたコトで合ってたハズだよね?」
訴えるように尋ねたら、硝子が困った顔になった。
「……それは……」
そして、ため息を挟んで。
「……何もかも遅かったんだよ、目覚くんは。
どの道ムリだったかもしれないけど、でも間に合うとしたら、合宿から帰った日がリミットだったのに」
「……それは」
「──ごめん、わかってる。
あの日の目覚くん、普通じゃなかったもんね……電話越しでもはっきりわかるくらい。
何言っても怒鳴りつけても、生返事すらろくになかったもの……
体調の事だったんならどうしようもないって、わかってるんだけど。
……でも。どうしてあんなタイミングで、って思うと……やっぱり……」
硝子が唇を噛み締めて俯いて。
それに関しては計佑とて全くの同感ではあったけれど、何も言えなかった。
しばらくの間お互いに無言で過ごして、ようやくまた計佑が口を開く。
「……須々野さんなら、わかってるんでしょ? まくらが何で苦しんでるのか、って」
「…………」
無言で視線をそらすその仕草は、肯定を意味していた。
「合宿の時にもこんな話したよね。この話題も……やっぱり、まくらを怒らせちゃうとか?」
「…………」
貫かれる無言。──つまり、また肯定。
「……そっか。じゃあやっぱり聞くわけにはいかないね」
自分の不始末で、硝子に迷惑をかける訳にはいかない。
諦めて、もう帰ろうと椅子を後ろに引いた所で、
「──待って、目覚くん」
硝子が俯いていた顔を上げて、こちらをまっすぐに見つめてきていた。
「目覚くんは。……知りたいって、本当にそう思ってるんだよね?」
「……そりゃあ……知りたいけど、でも──」
──『でも、須々野さんに迷惑かける訳には』
そう続けようとしたところで、硝子が首を左右に振った。
「ううん、いいの。
……だって、本当は私だって目覚くんにはちゃんと知ってほしいんだもの。
……そう、ちゃんと知って、 なんで目覚くんも今苦しいのか、
その本当の理由を……自覚してくれなきゃ、むしろ許せない気もしてるから」
そう言い切った瞬間、硝子の眼光が鋭くなった気がした。
けれど、この時は計佑も怯んだりはせずに。
「うん……わかった」
居住まいを正した。そして、
「結論から言うと、まくらは目覚くんの事が好きだったの」
硝子のその言葉に、
「……は?」
間の抜けた声しか返せなかった。
「……ん? ああいや、そりゃまあ長いコト上手く家族やれてたし、
それはわかってるつもりだけど。でもそれが──」
「とぼけないで、目覚くん。そういう意味の『好き』じゃない事くらい、わかってるでしょう?」
繰り返されて、そして硝子の言いたい事を理解して、──その瞬間、失望した。
「……またそれかよ……」
溜息が出た。
こちらは縋る思いで尋ねたのに。
なんでそんな馬鹿げた答えを返すのかと呆れて、今度こそガタンと立ち上がった。
「オレはもう帰るよ、須々野さん。つまんない話に付き合わせて悪かったね」
そして硝子の返事も待たずにもうドアへと向かって歩き出して、
「まって!! 待ってよ目覚くん、最後までちゃんと話を聞いて!!」
硝子が立ち上がる音も聞こえたが、歩みは止めなかったし振り返りもしなかった。
ドアに手をかけた所で、
「お願いだから、逃げないでちゃんと聞いて!!」
反対側の手を硝子に掴まれた。
「……手、離してくれないかな」
振り返って、目を合わせた瞬間。硝子が息を呑んだのがわかった。
──まあ、それも当然かもしれない。
今の自分は、多分ソフト観戦の時の──硝子を冷たく無視して、
泣かせてしまった時と同じような──目で見下ろしている筈だから。
一瞬、申し訳ない気持ちも湧き上がりかけたけれど、今の自分にはあの時同様、余裕はなかった。
そんな所に、またバカな話を繰り出されてはどうしても平常心は保てなくて。
冷たく見下ろし続けていると、硝子はそれにブルッと震えて、……それでも、手は離さないままに、
「め、目覚くんが怒るのも仕方ないと思うけど、でもちゃんと聞いてほしいの!!」
震え続けたまま、そんな風に懇願してきた。
「目覚くんがそんな風に頑なだから、まくらは苦しむ事になったの!!
だ、だから、ちょっとの間でいいからっ、先入観を忘れて、私の話をき、きいて……」
俯いて、ついには涙声になって。
……そうなっては、流石にもう冷たくし続ける事も出来なくて。
「……わかったよ、須々野さん。ちゃんと聞くから、だから泣き止んでよ……」
今度はこっちが懇願するかのような声を出すと、それでもう逃げはしないと安心できたのか、
硝子がぐすっと鼻をすすりながらもこちらの手を離して。
俯いたまま眼鏡を外すと、眼鏡に零れた涙をメガネ拭きで拭き取り始めた。
計佑もまたハンカチを取り出すと、硝子の頬の涙を拭ってやる。
──と。
硝子がいきなりギシっと硬直して。やがてギギっと目を見開いて、こちらを見上げてくる。
「……え? な、なに? どしたの須々野さん……?」
いきなり妙なリアクションをとる硝子に困惑したが、少女の顔は赤くなっていく一方だ。
そしていきなりグルっと後ろを向くと、
「め、目覚くんのハンカチが汚れちゃう……!! そ、そんな事してくれなくていいから!!」
「ええ? 涙くらいで何言って──」
硝子の前に回りこもうと動きかけた瞬間、
「いいからッ!!! もうそういう事しないでよっ、こんな時なのにぃ!!!」
金切り声で叱られて、金縛りにあってしまった。
──空気を読まない天然たらしっぷりは、もはや芸術の域へと達しそうな少年だった。
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作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON



