白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
かつて、自分も計佑に同じような質問をして。そして、安心出来る答えをはっきりともらっていた。
だから、今さら聞くまでもない話で、何も不安に思うことはない筈なのに。
何故か耳が離せず、そして胸がザワついた。
──そして、少年が口にした答えは、一瞬だけ雪姫を安心させて。
……すぐに、奈落へと叩き落としたのだった。
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その後、雪姫はどうやって帰宅したのか覚えていなかった。
気がついたら自室のベッドの上にいて、先日計佑に買ってもらったばかりのぬいぐるみを抱きしめていた。
室内はもう真っ暗になっていて、随分と長い間自分が呆けていた事を知らせてくれた。
アリスは、久々に実家に帰るという予定があったから、とっくにこの家は出ているだろう。
父も母も今日は帰りが遅い筈で、普段の雪姫であれば、広い家で夜一人きり、という状況に
不安を覚えて、見るつもりがなくともテレビを大音量でつけるなどしているところだったが、
この時の雪姫は明かりすらつけずに、ただただベッドの上で丸くなり続けていた。
「ひどいよ……散々期待もたせといて、今さらそんなのってないよ……」
──初恋なんかまだって言ってたくせに。本当は、とっくの昔から好きな人がいて。
──ただの妹だからって言ってたくせに。本当は、女のコとしても好きだってなんて。
「あんまりだよ……っ。こんなに好きにさせておいて、そんなのって……!」
──わたしは、『あの私』よりも、ずっとずっと計佑くんのコト好きになっちゃったのに……!
少女の脳裏を、初デート前日の晩に見た夢の事がよぎって。そんな心の声が浮かんだ。
"夢" でしかない筈の事を、実在した何かのように考える不自然さ。
……けれど、少女にその不自然な言葉を深く考える余裕はなくて、ただただ悲しむ感情に溺れてしまう。
──せめて、こんなに好きになる前に言ってくれていたら。
──島での夜の時、そう言ってくれていたら……こんなに悲しまなくても済んだのかな。
そんな風に考えて、
──……そんな訳ないか。あの時でもう、私は計佑くんのコト好きで好きでたまらなかったんだもんね……
既に計佑で一杯一杯だった過去の自分を思い出して、自嘲する。
引きつった笑みに唇の片方がつり上がったけれど、また新たに涙もこぼれてきた。
──いつの間にか自惚れていたのだろうか。
──少なくとも、告白した時点では受け入れてもらえる自信なんかなかった筈だった。
──……それなのに、いつしか自分は……
そんな風に自省する考えも浮かんだけれど、
──……でも、あんな風に接してきてくれて。
──あんな言葉をかけ続けて来られたら、好きになってもらえると思うのは。
──もう時間の問題でしかないんだと、そう考えるのは仕方ないじゃないか。
納得出来ない気持ちもすぐに浮かんできて。
……けれど、
──……でも、まくらちゃんだったら。当たり前の話なのかな……
選ばれた相手の事を考えると、責める気持ちは持てなかった。
──自分のような仮面優等生とは違う、心の底からの、本物の笑顔を振りまける少女。
──計佑と同じ、"本当の" 優しさを持った女の子。
──そんな女の子とずっと一緒にいたら、好きになるなんて当たり前の話で……
「いや……嫌だよっ! それでもやっぱり、諦めたりなんて出来ないよ……!!」
思わず叫んでしまっていた。
計佑に相応しいのは、自分なんかよりまくらだとわかっていても、
まくらなら、間違いなく計佑を幸せにしてあげられるとわかっていても。
勝ち目がないと知れば、打たれ弱い自分だったらさっさと尻尾を巻いている筈なのに。
……それでも、もう自分の中で膨らみすぎてしまった想いは、捨て去る事は出来なくて。
──結局、この日の雪姫は、夕食もとらずに。一晩中ベッドの上で泣き続けた。
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次の日になっても、雪姫は部屋に引きこもり続けた。
今日が土曜日で幸いだった。こんな精神状態で、学校なんてまるで行ける気がしなかった。
朝も昼も食事をとらずに閉じこもる雪姫を、母親が心配して度々様子を伺いにきたけれど、
何も話すことは出来ずに、ただただベッドの上で座り込み続けていた。
……そしてまた、ドアがノックされて。音の違和感に顔を上げた。
母のものとは違う、遠慮のない大きな叩き方を不審に思った瞬間、
「やほー、雪姫ー? なんか落ち込んでるんだってー?」
カリナが、ズカズカと部屋に入り込んできた。
呆気にとられている内に、
「や〜、なんか雪姫のお母さんから連絡あってさ〜?
なんか雪姫がずっとメソメソしてるって言うから来てみたんだけど」
こちらが尋ねもしない内にそんな事を口にしながら、
ベッドの上にまであがってきて、雪姫の正面で胡座をかくと
「んで? 一体どうしちゃったの」
カリナらしい、あっけらかんとした態度。
……それでも、ちゃんとこちらを心配してくれている事はわかった。
珍しく眉はひそめられているし、そもそも心配してくれてなければ、わざわざ家にまでなんて来てはくれないだろう。
けれど、それがわかっていても、素直に話す気にはなれなくて。
一度は上げた顔を、抱えた膝の上に乗せていたくまモンへと再び落としたが、
「やっぱり、あの計佑ってぼうやのコト?」
ズバリ切り込まれて。思わず、また顔を上げていた。
そうして、驚きのあまり、無言のまま目を見開いていたのだけれど、
「いや、アタシは確かにバカで脳天気だけどさ。流石にそれくらいは想像出来るって」
たはは、といった顔で笑うカリナに、くしゃり、と雪姫の顔が歪んだ。
「うっ……うああ……カ、カリナぁ……っ!」
「あわわ!? ちょっ、ちょっと泣かないでよ雪姫ぃ!?
ア、アタシにゃあ、優しく慰めるとかってのは無理なんだからさあ……!!」
また悲しみがぶり返してしまった少女に、カリナが狼狽えて。
こわごわと背中を撫でてきてくれる少女へと、雪姫がしがみついて。
もう事情が知られているらしい相手には、雪姫も意地を張ろうとは思えなくなった。
──やがて少女はしゃくりあげながらも、どうにかカリナへと経緯を話し始めたのだった。
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「……へぇえ〜〜〜……アタシが知らない間に、随分色んなコトあったんだねぇ……」
雪姫からひと通りの話を聞いたカリナが、感心の声を上げた。
思えば、カリナには計佑との事は殆ど話してはいなかった。
恋愛に全く関心がなさそうな友人にはしづらい話ではあったからだけれど、
「……ごめんね、なんだか内緒にしてたみたいな形になっちゃって……」
流石に水臭すぎたかと謝ったのだが、カリナは「アハハハハ!!」と豪快に笑っただけだった。
「いいっていいって、そんなの!!
第一そんなん話されてても、そーいうのにキョーミないアタシには退屈なだけだったろうからね!!」
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON



