白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
「やっぱり計佑くんはすごいよね……きっと本気でそう思ってるんだもんね」
──いや、本気も何も事実だし。
そう思うのだけど、これ以上反論するのも堂々めぐりになる気もして、それは口にせず、代わりに雪姫のことを話題にした。
「先輩の方がすごいですよ……あいつが俺に刃物向けた時、体当たりしようとしてたでしょ? 正直、焦りましたよ」
「……それも計佑くんだったからだよ」
また小声で言われて、やっぱりよく聞き取れなかった。
「……本当に、すごく嬉しかったんだよ……計佑くんが助けに来てくれた時。
……でも、どうやって見つけてくれたの?」
「え、あ!? そ、それは……!!」
──マズイ!! そんな言い訳は考えてなかった!! ええとええと……!!
必死で頭を働かせながら、適当なセリフを繰り出す。
「……コンビニの帰り道。オレと須々野さんもあいつらにちょっと絡まれたんですよ。
それで……あいつらの車を覚えてて……で、先輩の荷物を見つけた時に、きっとあいつらだろうと思って。
……それでとにかく捜さなきゃって思って走り回ってたら……偶然、やつらの車を見つけて……みたいな?」
──めちゃめちゃ雑じゃん……偶然て!! 無理がありすぎる……!!
冷や汗ものだったのだが、雪姫は笑ってくれた。
「ふふっ……偶然、か。すごい勘だね? 予知能力者とかみたい」
「はは、あはは……」
雪姫の目の尊敬の色がまた強くなってしまったような気がするが、引きつった笑いを返すしかなかった。
「私も……計佑くんみたいになれたらな……」
うっとりしたような顔で見つめられて、いよいよ居心地が悪くなる。
誤解でそんな風に思われても……と計佑は考えてしまうが、雪姫が見ている計佑の本質は決して誤解ではない。
しかしそれは、根が謙虚な少年には分からない事だった。
「今回のコトだってさ……
私がバカで、意地を張っちゃったせいなのに計佑くんのほうが謝るんだもん。
それにボロボロなのは計佑くんの方なのに、私が無事でよかったとか笑うなんてさ。
そんなの……反則だよ……」
そこまで言って、雪姫は瞳を伏せてしまった。
その顔は少し赤くて、でもなんだかちょっと拗ねてるようで。
責められてるのかな? と鈍い少年はそう考えて、
「えーと……すいません」
謝ってみた。雪姫が吹き出す。
「もうっ。だからなんで謝るのっ」
雪姫がコロコロと笑って。計佑もつられて笑い出した。
「ってて……!!」
おかげであばらに痛みが走った。もう一度横になる。
「だっ大丈夫!? 」
雪姫が慌てて身を乗り出してくるが、
「大丈夫です、ちょっと笑いすぎただけですから」
そう笑いかけると、ほっとした様子で雪姫もまた横になった。
そしてわずかの間、沈黙がおりて。やがてまた、雪姫が口を開いた。
「……ねえ計佑くん。
ちょっと不思議だったんだけど……私と初めて会った時は結構泰然としてたよね?
でもちゃんと話すようになってからは、なんかこう……あんまり余裕がないっていうか。
そんな感じで私に接するよね? それは……どうしてなのかな?」
何かを期待するような瞳で尋ねてくる。
「泰然と……ですか? 初めてって、裏門から逃げた時ですよね……?」
胸を触ってしまったり責められたりで大いに焦っていて、とてもそんな風に出来ていた気はしないのだけど。
「え。違うよ、入学式の時の……」
雪姫がきょとんとして、こちらも "入学式?" と、首を傾げてしまう。
そしてふと、雪姫の表情が沈んだ。
「……覚えてないの? ……入学式。傘をくれたよね」
「……えっ!? あれって先輩だったんですかっ!?」
雪姫が何の話をしていたのか、ようやく理解した。その時の事は、勿論覚えてはいた。
でも、あの時の女性は確かポニーテールだった筈で……
──あ? 終業式の日の先輩に見覚えがあったのはそれか……!!
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雪姫が、あの日のことを思い返す──
──春。この日は、新入生の入学式だった。
「白井ー、こっちのやつも用具室に戻しといてくれよ」
入学式の後片付けで今も運搬をしている雪姫に、教師がさらに雑用を押し付けてくる。
「あ、はい!」
ポニーテールの雪姫が、笑顔で返事をする。
「忙しいよなー白井は。今度はテレビの仕事までやるそうじゃないか。
ホントお前は我が校の誇りだよ。親御さんも鼻が高いだろうなァ、立派な娘をもって!!」
……雪姫はニコニコとした表情を保っている。教師はゴキゲンで言葉を続けた。
「皆応援してるからな。頑張れよ!!」
「……はい、頑張ります」
……言葉に元気がなくなったが、やはり雪姫の表情は変わらない。
「おう!! 頑張れよ!! 我が校の未来の為に!! なんつって」
がはは、と笑いながら去っていく教師。
その背中が見えなくなるまで、雪姫はしっかり笑顔を保ち続けた──
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ようやく雑用の全てを終えて帰宅しようとした雪姫だが、外は雨が降り出していた。
「……最悪。傘持ってきてないのに……」
軒先で、はあ……と大きなため息をつく。
──……頑張れよ……か。……もうこれ以上頑張れるところないんだけど、な……
学業はそんなに苦じゃない。
それでも毎日真面目に続けるのには時間も手間もかかる。
委員会の仕事は難しいものじゃないけれど、やっぱり時間と手間は結構とられるものだった。
でもそれらはまだよかった。
殆どは個人作業だし、集団作業の場合でも大抵はせいぜい10人程度。
なのに今度は、芸能界なんて大人数相手の派手な仕事まで負わされて──
──……そろそろ限界かなぁ……
笑顔を振りまいて、愛想よく人の言う事を聞き続けて。
なんだか最近は作り笑いばかりで、心から笑えたのなんて、もう随分昔のような──
<b>ガシャーン!! </b>
<b>「いてーっっ!!」</b>
派手な音と悲鳴に、ビクリと振り返る。
「かっ……傘立てが……」
少年が呟いている。
──カエルのようにべちゃりと地べたに這って。しかも、両ヒザを傘立てにひっかけていての、海老反った姿だった。
「ぷっ……!!」
一体どんな転び方をすればそんな姿に……!?
たまらず吹き出してしまっていた。──随分と久しぶりに。
そんな雪姫の笑いに気づいた少年が、こちらを見上げてきた。
慌てて前に向き直る。
──気を悪くしちゃったかな……怒ってないかな……?
新入生みたいだし、先輩につかみかかってきたりなんて……しないよね……?
内心ビクビクだったが、少年は軒先まで来ても黙ったまま立っていた。
ほっとした瞬間に、
「あの……」
話しかけられて、ビクッと振り向く。
「傘、つかいます?」
少年が、気負いのない笑顔で傘を差し出してきた。
「えっ!? あっでも……?」
「俺チャリなんです。合羽もあるんで」
「……でも……」
見知らぬ相手からいきなり借りるのも抵抗がある。
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON