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白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル

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──そこで、計佑の脳裏に浮かんだのは。長くて綺麗な黒髪を翻して、いつも自分の目を惹きつける──

──ちがぁあああああう!!!!

 ブンブンと頭を振って、頭に浮かんだ少女の姿を追い払う。
今は、そういうのは保留なのだ、まず考えるべきはまくらのことで──

『私は嬉しいから』『相手が計佑くんだったことには何の不満も──』

……なのに、昼間の『事故』と、その後の雪姫の言葉も思い出してしまった。

──違う違う違うぅぅぅう!! あれは事故で、キスなんかじゃないんだァああ!!!!

 あの時はまだ、雪姫の気持ちをちゃんと理解していなかった。
 てっきり、『好ましいと思える人との事故だし、そこまで気にしないよ』という意味くらいに思っていた。
けれど、雪姫の真意を知ってしまった今思い返してしまうと、初心すぎる少年は恥ずかしさでのたうち回るしかなかった。
 堤防に突っ伏して、タンッ! タンッ! と何度も拳を叩きつける。
当然、そんな事をしていれば──

「……なにやってんの、計佑……?」

──眠っていた人物も、目を覚ます。

「……なっ……!! 起きてたのかよ!?」
「……起きてたんじゃなくて、起こされたんだよ……」

 細めた目で睨んでくるまくらが、冷たい声で尋ねてくる。、

「……で? 何の用なの……?」

 計佑は身体を起こしながら空咳をつく。そして何事もなかったかのように足元のリュックを拾い上げた。

「食いもん持ってきてやったんだよ。菓子ばっかだけどな」

 堤防にバッグを乗せて、中を漁り始める計佑に、

「へー……白井先輩とのイチャイチャを反芻して悶えるために来たのかと思った」

 まくらからの、言葉の鈍器が飛んできた。

「ごふっ!! ……おまっ! なんでそれをっ!! ……あ」
「ふん……やっぱりそうだったんだ」

 まくらの目が、さらに細くなった。
 カマをかけられたことに気づいたが、もう後の祭りだ。
逆切れで誤魔化したくもなったが、どうもまくらも機嫌が悪そうなのでそれは思いとどまる。

──まあ、2日続けて晩飯抜きにするところだったんだもんな……フキゲンにもなるか……

 そんな風に考えて、黙って菓子を差し出す。けれど、まくらは受け取ろうとしない。

「……? おい、どうしたんだよ。腹へってないのか?」
「……今は食欲ない。そこに置いといて」
「…………?」

 まくらが食欲ないなんて滅多にないことで、ちょっと気にはなったが、言われたままに堤防上に置く。

「…………」
「…………」

 沈黙が続いてしまう。
 本格的にまくらの様子がおかしいと感じた計佑が、まくらの額へと手を伸ばした。

「おい、どうした? なんかホントに身体の調子でも──」
「触らないで!!」

 パンッ──と手を払いのけられた。

──……え……

 一瞬、何が起きたのかわからなかった。
 まくらへの接触をそんな風に拒絶されたことなんて、今までなかったからだ。
 初めての事態に硬直する計佑に、まくらからの言葉が飛んだ。

「聞いてたよ。えっちマンじゃなくてスーパーえっちマンだったんだね、計佑は」

 単語にこそコミカルなものが混じっていたけれど、その声色には本気の怒りがこもっていた。

「胸をさわって、お尻を撫でて。裸を覗いて、キスもして──」

 そこで、一端まくらは言葉を切って。けれどすぐに──

「──ヘンタイ」

 冷たい目で、吐き捨てるように言葉を足した。

ゾクン……

 一気に全身が冷えた。
そうだった。計佑が気絶してしまうまでは、まくらもあの場にいたのだ。
当然、あの時の会話は全て聞かれていて──

「ちが……違うっ!!」

 完全に身体が凍りついてしまう前に、とにかく口を開いた。

「あれはっ……あれは、全部事故とかでっ! そんなつもりでやったことなんて、一つも──」
「事故ならいいんだ!?」

 言い訳は、最後までさせてもらえなかった。

「事故だから何も悪くないって!?
じゃあ交通事故で死んじゃった人とかもそう言われたら諦めろって!?」
「……っ……!!」

 目を吊り上げて叫んでくる姿に、何も言えなくなった。
まくらが今、母親の事も思い出して怒っているとわかったから。
──長期入院していた母親が、珍しく調子が良くて外出許可が出た日。自宅へと戻る途中の事故で──

「ち……違うんだ、そういうつもりで言ったわけじゃあ……」

 ふるふると力なく首を振るが、先が続けられない。
今のまくらの怒りの前には、何を言ってもムダだとわかっていたから。
──結局、俯いて黙りこむ事しか出来なかった。

「……キライだよ、計佑なんか……」

 涙声で言い捨てて、まくらが飛び去ってしまう。
 バカだのなんだの言われるのはいつもの事だった。でも、本気で嫌いなんて言われたのは初めてで……
計佑にはもう、その場で呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

─────────────────────────────────

 夜が明けて。
 雪姫と計佑の二人は今、海上にいた。途中でケータイも通じるようになったので、連絡も入れてある。
これで一安心、といったところな筈なのに……

──どうしちゃったのかな、計佑くん……

 朝、目を覚ましてからの計佑は、まるで元気がなかった。ケガでも悪化したのかと酷く心配したのだが
「そんなことないです、体調は問題ないです……」と否定するばかり。
じゃあいったい何があってそんなに沈んでしまってるのか? ──そう尋ねても、少年はその事に関しては決して口を開かなかった。
話しかければ一応返事は返してくれるけれど、完全に上の空で。ため息をついてばかりいる。

 一見、上から目線で計佑を弄ることもある雪姫だが、その実計佑への依存心が相当に強い少女。
 頼りきっている人の本気で消沈している姿に心細くなるばかりで、雪姫は何も出来ないまま、ただ不安そうな顔を続けるのだった。

─────────────────────────────────

 ボートが船着場に着くや否や、

「雪姫ーッ!!!」

 カリナが雪姫にしがみついた。

「よかった無事でっ!! おばあちゃんは全然事情話してくれないしッ!!
さっきケータイがつながった時はどれだけ安心したとっ……!!」
「ごっごめん、ごめんねっカリナ」

 頬をすりつけてくるカリナを、雪姫が困りながらも抱き返している。
それを尻目に、ボートをロープで杭に結わえる計佑と茂武市。
 雪姫はチラチラとこちらを気にしていたが、結局カリナに引きずられて先に戻っていく。
それを見送った茂武市が、ニヤニヤと計佑に話しかけてきた。

「よくぞ無事に帰ってきたな計佑。……もう大人になっちまったのか?」
「……そんなんじゃねーよ……」

 いつもなら、その手のからかいには真っ赤になって反論する少年だったが、今はそんな元気がなかった。

「……なんだ? 随分凹んでんな……先輩の様子からするとケンカしたってワケでもないだろうに……あ!?」

 突然、何かに気付いた茂武市が、同情的な顔つきをすると、計佑の肩にポンと手を置いてきた。