白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
「……そうか。上手くできなかったんだな? ……まあ気にするな、どうせ初めてだったんだろう?
先輩のあの心配そうな様子からすると、別にお前に幻滅したってワケでもなさそうだし、次へのリベンジを──」
「うるせーよっ!! 」
怒鳴った計佑が、茂武市の手を乱暴にはねのけた。
「先輩とはそんなんじゃねーんだよ!!」
見当違いな話をふってきて、見当違いな慰めをしてくる茂武市に、ついにキレた。
八つ当たりなのはわかっていても、
今目の前の少年に溜まったものをぶつけないと、もう自分がどうにかなってしまいそうだったから。
「なんだってんだよ!? 何でお前に俺たちの気持ちがわかるってんだよ!!
俺はあの人を尊敬してるだけだし、先輩のほうは俺をからかってるだけだっ!!」
勢いにまかせて、言葉を叩きつけた。
今更、雪姫の気持ちを疑ってはいない。けれど今、茂武市のからかいに耐えられなくて、そんな風に叫んでしまった。
──これ以上会話を続けていても、更に茂武市に八つ当たりを続けてしまうだけだ──そう考えて、踵を返す。立ち去ろうとして──
「……おい。ちょっと待て計佑」
もう一度、茂武市に肩を掴まれた。
「なんだよっ……もうほっといくれよっ!!」
──これ以上、お前にまでみっともないトコ晒したくねーんだよっ……
そんな本音は口にできなかったが、振り返って、肩の手を払いのけようとしたら──
パァンッ!
茂武市に、頬を叩かれていた。
──……え……
叩かれた頬を、呆然と押さえる。
一昨日の傷跡がまだ残る頬への一撃は、かなりの痛みを伴っていた。
「お前……それ本気で言ってんのか?」
静かな声で、茂武市が問いかけてきた。
初めて見る、茂武市の真面目な顔とその声に、計佑は何も言えなかった。
「『からかってるだけ』だと? どんだけ失礼なんだよお前。先輩の気持ちなんざ分かりきったコトだろーが」
「…………」
俯く事しか出来なかった。
昨夜、雪姫にさんざん恥ずかしい真似までさせて、ようやく理解できたような自分に、言い訳できる筈はなかった。
「そして、『尊敬してるだけ』だと?
お前まさか、自分の気持ちすらわかんないとかぬかすんじゃないだろーな」
「…………」
やはり、無言しか返せなかった。
茂武市に責められて、改めて自分の不甲斐なさを思い知らされていたから。
「…………」
「はー……マジかよお前……」
無言を貫く計佑に、茂武市がため息をついた。ガリガリと頭をかいてから、あらためて茂武市が口を開く。
「……一昨日の夜の事件のことだけど」
「…………?」
何の話を始めるのかと疑問に思い、計佑はようやく顔をあげる。
「……例えば。例えばだぞ?
攫われたのがオレだったとして、お前あんなに必死になって助けにきたか?」
予想外の喩え話に、思わず引いてしまう。
「……ケツ掘られそうになってるお前のとこに飛び込んでこいって、それどんな罰ゲームだよ……」
「茶化すなっ!!」
──ドムッ。
茂武市の拳が、計佑の腹に軽く沈んだ。
決してそう力はこもってなかったが、今の少年には、それでもかなりの衝撃だった。
「……おっ……おま……あばらっ、折れてるのにっ……」
「あっ!? わりっ、つい……!!」
正直地面に膝をつきたくなったが、身体を深く折り曲げながらもどうにかこらえる。
茂武市はそんな少年を気まずそうに見下ろしながらも、コホンとわざとらしく空咳をつくと、また話し始めた。
「まっ……まあさっきのは喩えが極端だったな。じゃあ対象を須々野さんや、カリ姉に置き換えてみたらどうだよ?」
「え……?」
──もし須々野さんや森野先輩が攫われていたとして……? ……そんなの──
「助けに行くに決ま──」
「まあお前なら、やっぱり同じように身体はってたかもしんないけどな」
計佑に最後まで言わせず、苦笑しながら茂武市が割り込んできた。
「なんだよ……一体何がいいたいんだよ?」
白井先輩だろうと、須々野さんだろうと、森野先輩だろうと。
誰にしたって自分の行動は同じだったろうと言うのなら、今の喩え話に何の意味があるのかさっぱりわからない。
「まあ……つまりだな。お前なら誰のためでも……あるいは本当にオレのためにでも。
身体張って守ろうとするかも知んないけどな……けどお前、
あれが白井先輩以外の人間だったら……本当にあそこまで死に物狂いで探し回ったりしたか?」
ドクンっ……!!
茂武市の言いたいことが分かりかけた計佑の心臓が跳ねた。
それでも、まだとぼけてしまう。
「いっ……言ってる意味がよくわかんねーよ……」
「あの時のお前。先輩が戻って来たら連絡くれって飛び出した時の顔、すごかったぞ?
須々野さん相手だったとしても、ホントにあんな顔したか?」
そんなことを言われても。自分の顔なんて自分でわかるわけなんてない──そんな言い訳を考える計佑の心中を読んだのか、
「……写メでもしとけばよかったか? あんな顔見りゃあ、一発でまるわかりなんだがな……」
尋ねるように言葉をかけてくる茂武市。けれど計佑は、それでもまだ抗う。
──友人が消えたら、必死に捜すのなんて当たり前のことだっ……!!
余裕がなかったのは、あの悪党どもの存在があったからなだけでっ……
そんな風に言い訳をする少年だったが、ふとまくらの事を思い出した。
まくらが霊になってしまった夜。あの日も自分は走り回りはしたけれど……先輩の時ほど必死で捜したかといえば……
──違うっ!! あの時とは全然状況が違うじゃないかっ……!!
今回は、アイツらが先輩に危害を加えてるのが、はっきり予想できていたからであって……!!
「……違う。あの時とは違うんだ。今回は、アイツらを前もって見かけていたから──
そうだよ、あいつら実際とんでもない悪党で。だから、それで焦ってただけだ」
半ば独り言のように弁解する。
「それは結果論だろ。最初にお前が見かけた時のそいつら、
どこにでもいる不良程度に見えたから、最初はお前、先輩置いて帰って来たんじゃないのかよ」
バッサリと切り捨てられる。
「そいつらの存在がなかったとしたら、先輩が消えてもお前は大騒ぎしなかったのか?
……きっと同じように、必死で探し回っていたと思うんだけどな、お前は」
「…………」
もう、何も言えなかった。
「なんでそんなに認めたがらないのかは知らんけどよ……当たりの宝クジを捨てようとしてるダチがいたら、そりゃー止めるぜ?
おせっかいと言われようが、ほっとけるワケねーだろ」
ポン、と計佑の肩を叩いて屋敷へと戻っていく茂武市。
親友の姿を俯いたまま見送る少年は、その場に立ち尽くして。
「そんなコト言われたって……今はホントに、そういうコト考えてる余裕がねーんだよ……」
──そんな、泣き言を漏らしてしまうのだった。
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屋敷に戻った後。
お風呂に入って、朝食をとった計佑は──今、庭掃除をさせられていた。
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON