白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
「悔しかったら、さっさと先輩に応えてあげなよっ!!」
「……っ……!!」
刃物があるところでドタバタする訳にもいかない。
グググッと頭を押さえつけて、まくらは必死に反発してくる。
そんな均衡を破ったのは──
「ヘ、ヘンタイ!!!」
──という、小学生みたいな女の子の叫び声だった。
「「……へ……」」
庭に立っていた声の主を、二人揃って見やる。……エリスだった。
「あっあんたたち、同棲でもしてんのっ!?
お揃いのエプロンなんかして、何仲良くご飯作っちゃってるのっ……!?」
エプロンがお揃いなのは、由希子が特売の品を複数買ってきたせいなのだけど、そんな弁解に意味はないだろう。
エリスは口をあんぐりと開けて、真っ赤な顔で目をぐるぐるとさせている。
まくらが、そんなエリスの所に慌てて駆け寄る。
「あっ、あのね〜エリスちゃん? これはそういうのじゃなくてね、
お世話になってるお礼にご飯を作ろうとしてただけでー……」
まくらのお礼とやらは正直邪魔にしかなってなかったが、流石にここでそんな茶々は入れない。
計佑も、まくらに遅れてエリスの下に歩み寄る。
「こらちびっこ。随分まくらにちょっかいかけてるみたいだけど、幾ら何でも家まで押しかけはどうかと思うぞ」
「ちっ近寄らないでよ、ヘンタイ……!!」
本気で動揺しているようで、エリスの言葉遣いがまた普通の女のコになっていた。
「……お前ホントに中学生か? 一緒にメシ作ってただけでヘンタイ呼ばわりとか、どんだけだよ……」
奥手王子の計佑をして、そんな風に言わしめてしまうほどの少女。
しかしエリスには、もうそんな計佑の言葉を聞いている余裕もないようだ。
エリスがいよいよ首まで赤くしてアワアワとし始めて、その様子に慌ててまくらが口を挟んだ。
「ちょっちょっと計佑は黙ってて!! あのねエリスちゃん、落ち着いて──」
「触らないで!!」
パンッ……と、エリスへ伸ばされたまくらの手が払われた。
「……あ……」
まくらの吐息のような声が漏れて。まくらとエリスの間の空気が硬直する。
それで、少なくともエリスは我に返ったようだった。
「……なっなんだよお前!! なんで男の家に入り浸ってるんだよ!?」
エリスが喚き続ける。
「親は何してんだ!? 娘が男のトコに上がり込んでいちゃついてるのに……親もヘンタイなのかよっ!!」
「……っ!!」
エリスのその言葉にまくらが引きつった。それと同時に計佑が踏み出して──
『ビシッ!!』
エリスの額に、デコピンを放った。
「いっ……!! なっなにすんだよ!?」
「謝れ。子供のいうことだから、デコピン一発で許してやる。だからまくらに謝れ」
計佑が、厳しい顔をして言い放った。
「…………」
「どうした。何黙ってる」
計佑の硬い声に、エリスがビクリと身をすくませた。
「けっ計佑……もういいよ、そんなに厳しく言ったら……」
まくらが後ろから裾を引っ張ってきたが、計佑はそれを無視した。
厳しい顔つきのまま、じっとエリスを睨み続ける。
……やがて、エリスの瞳にジワっと涙が滲んだ。
『あ』、と計佑の表情が緩んだけれど、それはちょっと遅かった。
「……何よっ!! お姉ちゃんを苦しめるヘンタイカップルのくせに!! 大っキライ!!」
ぶわっと涙を溢れさせながら言い捨てると、エリスは一気に走りだした。
「あっコラ!! 待てよ……!!」
と言っても、待ってくれる筈もなく。あっという間にエリスの姿は見えなくなった。
「……あ〜……」
「もう!! だから言ったのに!!」
気まずそうに振り返った計佑に、まくらが怒る。
──まくらの様子はもう普段通りだったから、一応その事には安心した。
「……とりあえず追っかけるか。お前は留守番……」
「私も追いかけるに決まってるでしょ!? じきに日だってくれちゃうのに」
いそいそとエプロンを外すまくらに、計佑は笑みを零した。
──タブーの親のコトに触れられたのに、やっぱ大したヤツだよお前は……
勿論そんな事は口に出さず、計佑もさっさとエプロンを外す。
「よしわかった。手分けしてさがそーぜ」
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子供の足だから、行き先さえわかっていれば追いつくのは難しくない。
──とはいえ、その行き先がさっぱり解らないのだから結局お手上げではあった。
──……さて、どうしたもんかな……ホントに日が暮れちまう……
実は家が近くで、もう今頃家についている……のならいいけれど。
そんな都合のいい考えに従う訳にはいかない。
見た目も言動も小学生な子を、夜道に放り出す危険は冒せなかった。
──なんかもう……夜に女のコ一人で出歩かせるのはトラウマになったかな……まくらも戻らせた方がいいだろうか……
ここ最近、まくらといい雪姫といい大変な事が続いたせいで、
住宅街であっても、女の子を一人で放り出したままというのに強い抵抗があった。
──くそ……連絡先なんて聞いてないもんな……失敗した……
あそこは絶対叱らなければいけない場面だった。けれど、やり方は失敗したかもしれない。
そんな自責の念に沈みかけた計佑に、不思議な感覚が走った。
「……? なんだこれ……?」
足が勝手に動く……というと少し違うが、なんだか止まっていられない。
軽く引っ張られるような感じで、どんどん身体が動いていく。
──……なんか……この先に黒井がいる……?
頭の中に、なんだかくすぐったさを感じる。
いつかこれと似たような感覚を味わったような気もしたが、深くは考えなかった。
今はただ、直感からやがて確信に変わっていったその感覚のままに、走り出していた。
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──いた……!!
しばらく走って。やがてたどり着いた川辺にエリスはいた。
座り込んで、足をプラプラさせながら川を眺めている。
──やれやれ……
超常的なカンで見つけたにも関わらず、計佑はそれを不思議に思わなかった。
それよりも、どう声をかけたものかと頭を悩ませる。
普通に声をかけても、また逃げ出すだろう。
まあこの位置関係なら、もう取り逃がすことはないだろうけれど、余計な手間をかけたくない。
「…………」
そっと近づいた。
けれど無言で捕まえてしまうと、
いつぞやのように──雪姫の脇をつかんでしまった時の──失敗しかねないと考えて、一応声をかける。
「捕まえたぞ」
ビクっと振り返ってくる瞬間に、背中から覆いかぶさるようにしてエリスを胸に抱え込んだ。
腰も下ろして、太ももの間にエリスの腰を挟んで。これで完全に捕まえた。
エリスがジタバタと暴れて、
「なっなんだよ!! 放せよヘンタイ!! 大声出すぞっ」
「いいぜ別に。人目が集まって恥ずかしいのは、多分お前のほうだからな」
子供には、とことん強気の計佑だった。
それに、この少女が実はかなり恥ずかしがり屋なのも読めていたので、
変に人目を集めたくないだろうとタカをくくってもいた。
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON