白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
一人はイヤだというホタルだから、当然学校にもついて来たがった。
小さい子だから、一人きりにするのは確かに忍びなく許可したのだが、
流石に学校ではそうそう相手はしてやれなかった。
けれど、傍にいるのに無視されるというのも耐え難かったらしい。
「……ガッコウの時のケイスケはあんまりすきじゃないかも……なんか他のトコいってくる……」
そう言い残した後、ホタルは姿を見せなくなった。
──帰ったら、しっかり遊んでやらないとな……
そんな風にホタルを心配する気持ちはあったが、今ここにホタルがいない事にはホッとしている部分もあった。
──あいつ、なんか先輩のコト嫌いらしいもんな……一応、もうイタズラしないとは約束してくれたけど、やっぱ傍で睨まれてるとかだと、落ち着いて話せないし。
雪姫と二人きりで話す時間は、そわそわと落ち着かなかったりもするけれど楽しい時間なのだ。
無粋な邪魔はないに越した事はなかった。
本来は施錠されてる屋上だが、雪姫が委員特権を使ったのか鍵は開いていた。
ドアを開けきる前にノックを忘れていたことに気づいて……それはいくら何でも気にしすぎだろと苦笑して、屋上に出た。
──……へぇえ……初めて来たけど、やっぱこういうとこって気分いいよな……
柵は低めで、無骨なフェンスもない。まあそれだけに、普段は施錠されているのだろうけれど。
夏の日差しは厳しかったが、それでもしばしそこからの眺めに気を取られて。やがて、雪姫の姿が見えない事に気付いた。
──あれ、先輩まだなのかな? でも先に来てるって話だった筈だけど……
時間を指定されての呼び出しだった。鍵だって開いていたのだし、もういる筈なのだが。
「けーすけっ!! 遅かったじゃないかっ!!」
突然、後ろから怒鳴りつけられた。
どうやら給水タンクの裏にでも隠れていたらしい少女からの、いきなりの怒声に軽く驚かされて。
「おい、いきなり大声出すなよアリ、ス……」
声や、自分の名前のイントネーションからしてアリスだと判断して振り返った少年の前にいたのは、別の人物だった。
一瞬、誰だかわからなかった。
中等部の制服を着ている。それはアリスと同じだ。
長い髪に二匹のウサギちゃん髪留めをつけて、ツーサイドアップにしているのもアリスと同じだ。
けれど身長はアリスよりずっと高いし、顔立ちだってアリスにくらべたら遙かに大人びている。
──そんな雪姫が、顔色は林檎みたいにして。
突っ張っている時のアリスみたいに両拳を握りしめて、一生懸命こちらを睨みつけてきていた。
そんな雪姫のコスプレ? 姿を、訳がわからないまま、呆然と眺め続ける事しか少年には出来なかった。
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ぽかんとしたまま突っ立っている計佑を前に、雪姫はグルグルしてきた視界と必死に戦っていた。
──……や、やっぱりこれおかしかったかな!? ていうか、おかしいに決まってるよね!?
昨夜思いついた時には、いい考えだと思ったのだ。
でも睡眠をとってすっきりした頭で考えたら、ようやく何かが間違っている事に気づいた。
けれど昨夜のうちに制服などの準備は済ませていたし、結局学校へと持ってきてしまい。
おかしいのは気づいていながらも、
計佑の事を考えると、どうしてもそのアイディアを捨て去る事も出来なくて──結局今に至っているのだった。
──……ていうか、いつまで計佑くんも固まってるのっ!? まさか私がわからないってワケじゃないよね!?
見知らぬ人間に声をかけられただけなら、いつまでもぽかんと突っ立っている筈もない。
という事は、ちゃんと雪姫だということは分かってはいるのだろうけど……いくらなんでも驚きすぎだろう。
──……それとも、そこまで変なコトしちゃってるのかなっ、私……!!
そう考えてしまうと、いよいよ爆発しそうになってきた。
サラシにぎゅうぎゅうと締め付けられた胸も苦しいし、限界にきて、
「いっ、いつまでマヌケな顔して人の顔見てんだよっ!? このロリコン!!」
もう一度アリスの口真似をして、計佑の様子を伺った。
──それに対して、果たして少年は……
「ははははははは!! なっなんすかそれ!! はははははっ、にっ似てるけど!!
なんでいきなりアリスのモノマネなんですか!? あっははははははは!!!」
……思いっきり、爆笑してくれたのだった。
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雪姫の葛藤に気づいてやれる筈もない鈍感少年は、腹を抱えて笑っていた。
雪姫に対しては緊張を伴うことも多い少年・計佑が、雪姫を相手にここまで爆笑できたのは初めてかもしれない。
予想だにしなかった雪姫のギャグ(と思っている……)に笑い転げていた少年は、
少女が耳まで赤くして、瞳に涙を盛り上げていく様に全く気づかなかった。
「……計佑くんのバカァ!!!!」
「ははっはははっ……え……?」
雪姫の怒声が聞こえて、ようやく笑いを収めて顔を上げた少年の視界には、
身を翻して屋上を駆け出していく雪姫の姿があった。
「えっ? 先輩、あの……」
バン!! と乱暴にドアが閉められて、少年は一人取り残されてしまう。
「……え……? は……?」
──……え? ギャグ……でしょ? 何で笑ったら怒られんの……?
本気で不思議がる、お目出度い少年だった。
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「あっ計佑。遅かったじゃない。なにやってたの?」
その後、計佑が先ほどの雪姫の態度に納得が行かないながらも部室に行くと、そこにはまくらだけがいた。
「んー……いやちょっとな……」
雪姫のギャグ──ギャグだと思ってたコスプレ? だが、笑ったら怒りだしたのだし何か違うのかもしれない。
一応それくらいまでは察した少年だったので、まくらに先刻の事は話さなかった。
──そもそも誰にでも見せていいと思ってるのなら、オレだけを呼び出したりもしなかっただろうし……
しかし、計佑にわかるのはそこまでだった。気にはなるが、今は部活の時間でもある。
テーブルを挟んでまくらの斜め向かいに座ると、気を取り直して今日の活動について切り出した。
「茂武市は今日はパスだって。アリスの予定はなんか聞いてるか?」
「さっきちょっとだけ顔を出してったよ。今日は友だちと遊ぶ予定が出来たから、やっぱりパスだって」
「そっか……まあアイツ、今までも殆ど顔出してないもんな。
なんかオレらのコト勘違いしてココに来てただけみたいだし、もう今後は来なかったりすんのかな……」
遠くを見つめるような顔をして呟く計佑に、まくらがため息をついた。
「……アリスちゃんなら来るよ。ていうか、来ないワケないでしょ……」
「え? なんでだ?」
まくらの言葉の根拠がわからず尋ねると、まくらがジト目になる。
「……雪姫先輩がいるからだよ。先輩にあんなに懐いてて、
そんでもう先輩にこそこそする必要もなくなったんだから、
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON