白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
ホタルへの怒りでどうにか金縛りが解けた計佑が、諦めておそるおそる電話に出る──と、
『ごめんなさいっっ!!!!』
さっきとは違う少女からだが、また涙声で謝られてしまった。
「せっ先──」
『私が悪かったから!!! 全部私が悪かったからっ、お願い許してっ!!!』
「やっ、だから──」
『甘えてばかりでごめんなさい!!
暴力振るったりしてごめんなさい!!!
焼きもちなんか妬いてごめんなさい!!!!
全部謝るからっ、お願いっキライになんてならないでっ!!!!!』
ついさっきと同じような流れだった。
違うのは、相手が口を挟むことも許さない勢いでまくし立ててきた事で──
想像より遙かに傷ついている様子の雪姫に、計佑もいよいよ余裕がなくなった。
慌てて、とにかく言い訳を口にする。
「先輩っごめんなさい、落ち着いて!! 冗談!! あれは冗談ですから!!!」
ヒクッ、と電話の向こうで雪姫がしゃくりあげるのが聞こえた。
『……え……じょう、だん……?』
雪姫の声が落ち着いた。
「そう、冗談ですよ、冗談!! やだな〜先輩、あんなの真に受けたりして……」
雪姫が落ち着いてくれたと安心して、少年は苦笑交じりに冗談だと重ねた。
……地雷を踏み直しているとも気付かずに。
『……なっ……なんでそんな冗談が言えるの……?』
その声は、また涙分が強くなってきていた。
──あ、あれ……なんかまた雲行きが……?
まだわかっていない少年。
『……ひ、ひどいよ……わっ私の気持ち知ってて、なんでキライなんて冗談が言えるのっ!!??』
叫ばれて、ようやくその酷さに気づいた。
「あっ!? いやっ!! それはっ、その……!!」
気付いたが、もうどうにも出来なかった。今更、それもウソだと言う訳にもいかない。
『なっ、なんでこんなぁ……ヒドすぎるよぉお!!!』
完全に雪姫が泣きだしてしまった。けれど、もはやなんと言ったらいいのかまるで分からない。
──あああ〜もう〜〜!! ホントに何てコトしてくれたんだよっっ、ホタル!!!
ホタルへの恨み事を心中で叫んでいる間にも、雪姫がしゃくりあげながら、また言葉をぶつけてくる。
『あ、あんまりだよぉ……い、いっつも私のこと上げて落として繰り返して……!! そっそんなにっ、私のコト虐めるのがっ面白いのぉ? や、やっぱりホントは私のコトきらいなんでしょお!?』
「なっ……!?」
完全に気圧されていたが、まさかの言葉にぎょっとした。
「何でそうなるんですか!! 好きに決まってるでしょう!?」
思わず、大声を出してしまっていた。
『ひっ……!!』
計佑の大声に、雪姫が一瞬怯んで。またしゃくりあげた。けれどすぐに、
『……計佑くんが怒鳴った〜!! な、なんで私が怒られるのぉ……わ、私悪くないのにぃ〜……!!』
ガン泣きを始めてしまった。
「えええっ!!!? いっいやっ、別に怒った訳じゃ……!?」
慌てて否定しても、雪姫の泣き声はもう止まらない。そして計佑も、もうこの状況には耐えられなかった。
雪姫が泣いているというのに、電話越しの言葉しかかけられないなんていう──このもどかしいやり取りには。
「……先輩!! 今すぐ会いに行きます!! 絶対に誤解だってわかってもらいますから!!」
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計佑が白井家まで自転車を走らせて。
到着した頃には、流石に雪姫も一応落ち着いてはいたが、
「今日はお父さんいるから……」という事で、場所を移すことになり。
今、二人は近くの公園──以前、病院から逃げ出した時にも来た──まで来ていた。
あの時と同じベンチに腰掛けて、そして雪姫がそっぽを向いたままなのもあの時と同じで。
──まいったな……なんて言えばいいんだろう……
先輩が泣いている──その事にいてもたってもいられず駆けつけたのだけれど、
会えた時には雪姫はもう一応落ち着いていて。それなら後は誤解を解くだけなのだけれど──
『あのメール、実は……』なんて話は、なんだかややこしくなりそうな気もする。
けれどあのメールを自分が出した事にしたままだと、どう言おうとも許されないような気もしてきて。
──昼間の一件と合わせて考えたら、確かにヒドいなんてもんじゃないよな……怒られるの当たり前だよ……
そんな風に途方にくれていた計佑に、雪姫が──やっぱりそっぽを向いたままだったけれど──先に口を開いた。
まだ元気のない声だったけれど、
「……それで結局……計佑くんは私のことキライなの……? それとも……」
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駆けつけてくれた計佑を、いつかの公園まで連れてきた雪姫。
口もろくに開かず、視線すら合わせずここまで来たのだが……実はもう、それほど怒っても悲しんでもいなかった。
電話を切る直前の計佑の言葉──『好きに決まってるでしょう!!』──怒鳴られた瞬間には、意味も考えずに泣き喚いてしまったが、計佑の到着を待つ間に落ち着いた雪姫は、その言葉を思い出して嬉しくなっていたのだった。
そして今、泣いている自分のために駆けつけてまでくれて、これも当然、雪姫の心を浮き足立たせていて。
勿論、あんなタチの悪い冗談を完全に許せた訳ではなかったけれど、しかし今の状況は──チャンスだとも思ったのだった。
男たちから助けだしてもらった日。島で弱気を見せてしまった時。
計佑は、自分が弱っている時には気負いなく接してきてくれる。
そしてそんな時の計佑は、とっても優しくて……
だから、悲しんだままのふりをして、その状態を引き出してしてやろうと考えたのだ。
騙すことに全く罪悪感がない訳でもなかったが、
──あんな酷い冗談を言ってきた計佑くんがそもそも悪いんだもん!!──
そう言い訳して、自分を納得させて。
そうして、ろくに口もきかず俯いたままここまで来たのだが、予想に反して、計佑はなかなか行動を起こしてくれなかった。
──……もしかして、まだ私が怒ってると思ってるから……?
今の雪姫が、悲しんでるというより、また怒ってると考えているのかもしれない。
それだと、計佑はヘタレたまま行動できない筈だ。
その辺は少年の事を良く理解している少女、ならばと口を開いた。……弱々しい声色を装って。
「……それで結局……計佑くんは私のことキライなの……? それとも……」
「なっ!? だからそれは違いますってば……!!」
椅子についていた自分の左手に、計佑の手が重ねられるのを感じた。
──昨夜に続いて、また計佑のほうから触れてきてくれた……!!
「好きに決まってるじゃないですか……!!」
──ふあああああ!! 来た来たきたーーー!!!!
目論見通り……いや、期待以上のリアクションに心が一瞬で沸騰した。
また言ってもらえた『好き』の二文字。さっきは、泣きじゃくるばかりでちゃんと味わえなかった一言。
この少年の事だから、恋愛的な意味で言っていないのは分かっている。
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON