白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル
──こっ!! ここでそれをやるんですかっ!? ていうか、なんでそんなに変わり身が早いんですかっ!!!!
直前まで、自分同様、耳まで赤くしていた筈なのに。
相変わらずの態度の翻りぶりに、もはや口をパクパクさせる事しか出来なかった。
そして、
「本当に何も変な事をしていないというのなら、なんでさっき赤い顔をして口ごもったのかしら?」
相変わらず厳しい硝子の追求に、完全にトドメを刺されてしまった。
ゆらりと、硝子、まくらが近寄ってくる。
完全に手玉にとっていた筈のアリスからですら、今はとてつもないプレッシャーを感じる。
──……くっ!! もはやここは──!!
計佑が、脱走を決め込んだ瞬間。
ガシリと後ろから羽交い締めにしてくる人物がいた──茂武市だ。
──なっ!? いつの間に!?
女性陣からのプレッシャーにばかり気を取られていて、茂武市の事を完全に失念していた。
「なっなんだよ茂武市っ!? ちょっ、離してくれよ!! なんでお前まで敵に──」
全力で藻掻くが、振りほどけない。訳が分からず、振り返って喚くと、
「なぁ計佑クン……キミは、ついこないだの旅行の時には『ボクまだ何もわかりません』
みたいなコト言ってたと思うんだが……いつの間にそんなに "オトナ" になっちゃってたんだか、教えてくれませんかねぇ?
それともとぼけてただけで、もうあの時にはとってくに "オトナ" になってたんですかねェ?
……冷たいなァ、親友のボクにも内緒にしとくなんてなァ……」
茂武市がヘビの様な目つきで、計佑の目を覗きこんできた。
「違!? ホントにそんなんじゃないって!! あっ後でちゃんと教えてやるからっ、今はとにかく離して──」
「いいえ。そのまましっかり捕まえておいてちょうだい、茂武市くん」
硝子の声が、随分と近くから聞こえた。
慌てて顔を前に戻すと──硝子、アリス、まくらの3人が至近距離で立っていて。
「ひっ!?」
思わず、情けない悲鳴が口をついてしまった。まくらはまだしも、硝子とアリスが本気で恐い。
「……アリスちゃん、まくら、手を貸してくれるかな?」
「……喜んで貸すぞ、硝子センパイ」
「…………」
腕を持ち上げる3人に、
「ホントにちが──!!!!」
計佑がまともな言葉を口に出来たのは、それが最後だった。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ〜〜〜……』
──文化部の部室棟に、少年の悲鳴が響き渡った。
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結局、計佑が散々な目に遭った後すぐに、この日の部活は解散となった。
茂武市が真っ先に帰り、硝子は日課だという図書室での勉強へ向かい、
雪姫は帰る直前、何か計佑に言いたそうにしていたが──結局、何も言わずに帰ってしまった。
そしてアリスも雪姫と一緒に帰って。
今、天文部室には、計佑とまくらの二人だけが残っていた。
「くそっ……ホントに誤解だってのに、なんでこんな目に……」
計佑が悪態をつきながら、ついさっきのドタバタでとれてしまったシャツのボタンを縫い直していた。
──本当に散々だった。
くすぐられ、髪もぐしゃぐしゃにされ、ひっかかれ、乱暴にシャツを剥がされて。
つねりあげられ、ペタペタ触りまくられて、その上、なんか変な所まで触られたような……
終いには、ズボンまで脱がされそうになったところで、雪姫が止めてくれた。
──まあ雪姫の本心としては助けたというより、
けしかけておきながら、女の子に群がられている姿に嫉妬したというのが本当のところだったが──
「まくらっ。大体お前はホントの事知ってただろーが……なんで一緒になって好き勝手やってくれてるんだよっ」
「いやあ。つい場の空気に乗せられちゃって、さ」
テヘリと舌を出してみせるまくらに、いつもだったらゲンコツの1つもお見舞いしてやるところだが、
まくらは今、窓枠に腰掛けていて、手が届く距離ではなかった。
もう立ち上がるのも億劫だったので、今日のところは勘弁してやる。
「……たく……ズボンまで脱がそうとしてたヤツいたんだけどな……?」
「やっ!! それは流石に私じゃないかんねっ!?」
計佑のジト目に、まくらが慌てた様子で両手をバタつかせる。そうすると後は硝子かアリスの二択なのだが……
「……まあいいか。ただまあ、誤解は一応解いておかないと気が済まねーんだよな。
アリスの誤解は先輩が解いておいてくれるだろうけど、茂武市と、須々野さん……
須々野さんにはお前から言っておいて欲しいんだけど、須々野さんならなんか、
『……なんでまくらがその事について詳しいの?』とか追求してきそうだよなぁ……」
「あはは……」
硝子の口真似をしてため息をつく計佑に、まくらが苦笑してみせた。
今日も、相変わらずの鋭い追求ぶりだった。
『計佑からの又聞きだよ』とまくらが言ったところで、あっさり見抜いてしまうだろう。
……本当に、旅行以前の硝子とは別人のような気すらする。
──いじられるのは、先輩だけでお腹いっぱいなんだけどな……
はあっ、ともう一度大きくため息をついてみせる計佑に、まくらがまた苦笑して。
「まあまあ。今日のは、悪い気もしなくはなかったんじゃないの? ちょっとしたハーレム状態だったじゃない」
最後にはニヤニヤ笑いへと表情を変えたまくらが言ってきたが、
「バカ言え、いじられて嬉しい相手なんて先輩しかいねーよ」
「……え」
計佑の答えに、まくらが表情と声を固くした。
──な、何急に変な顔して……あ!?
そのまくらの反応で、今の自分の言葉が変な意味にも取られる事に気づいた。
──先輩にだったら、自分の身体をまさぐられても嬉しいと言っているような──
「あっいや!? 別にそんな変な意味じゃねーぞ!?
ただ、先輩からのいじりにはもう慣れてきたとか、それだけの事で!!
精神的な話をしたんであって、身体をいじくり回して欲しいって意味なんかじゃ──!!」
必死に弁解する。
それにまくらが、表情を消して。じっと探るような目つきになった。
……そんなまくらの顔を見ていられなくて、目をそらした。
「……ねえ計佑」
その声に、何かイヤな予感がした。逃げようと、席を立ちながら──
「あっ、オレ今日図書室に寄るつもりだったんだよな!! じゃあオレはこれで──」
「ホントは、もう自分の気持ちわかってるんじゃないの?」
──しようとした別れの挨拶は、核心をついたまくらの言葉に遮られてしまった。
椅子から半分腰を浮かせた状態で、固まってしまう。
まくらが、じっとこちらの顔を注視しているのを感じる。
けれどやっぱり今、まくらの目に視線を合わせる事が出来なかった。
「……計佑……」
まくらの静かな声に、ついに降参した。再び腰を下ろす。
まくらが窓枠から腰を上げて、こちらに歩み寄ってくる。そして、計佑の向かいに座り直した。
「…………」
「…………」
沈黙が続いた。
しかし、まくらの視線は全くブレる気配がない。
……完全に観念して、まくらと視線を合わせた。
作品名:白井雪姫先輩の比重を増やしてみた、パジャマな彼女・パラレル 作家名:GOHON