こらぼでほすと 二人8
背後から気配を隠して近寄ったトダカにも気付いていたのか、亭主は振り向いた。
「じゃあ、私には権利があるな? 婿殿。」
素早く坊主の手から袋を奪うと、ほおぅとトダカも中身を確認して喜びの声をあげている。
「あんたは自力調達できるだろうが。」
「娘さんが食べるなら、喜んで調達してくるさ。好きなのかい? 娘さん。」
「えーっと、食べたことはないような気が・・・」
「松前漬けって正月ぐらいだからね。・・・白いごはんにも合うんだよ。娘さんは、そっちと合わせればいい。私には冷酒だな。ちょうどよかった。持ち込みの酒と合いそうだ。」
トダカは、夕食は、ここと決めていたらしい。さらにアマギが現れて、何かしらの食材を持っている。
「ニール、これだけ揃ったら、鍋はどうだ? 水炊きの材料は調達してきた。」
「すいません、アマギさん。俺も、鍋にしようと思ってました。・・・あと、適当に買って来た惣菜があるんで、そこいらで。」
アマギまで台所にやってくると、結構、窮屈だ。亭主が、トダカの手にある松前漬けを強奪して逃走する。ニールの休む脇部屋には、小さな冷蔵庫があるので、そこに隠しに走ったらしい。
「大人気ない婿殿だ。・・・・デートは楽しかったかい? 娘さん。」
「あ、そうだ。トダカさん、あのバーテンダーさん、友達なんですか? 」
「私の同期で、私より酒好きの男だ。あそこなら、きみに合う酒も用意できるだろうし、何かあっても撃退可能だと思って、ハイネに推薦しておいたんだ。役に立っただろ? あれ。」
すでに報告は入っているらしい。アマギも肩を震わせている。知っていたらしい。
「酔っ払いに絡まれたのを助けてもらいました。それはいいけど、どこまで俺のことを話してるんですか? バーテンダーさんまで、『トダカさんの娘さん』って・・・俺のことを話してるって・・・」
「それは愚問だろ? ニール。トダカさんは、自分の知り合いには全て、きみのことを、「私の可愛い娘」として紹介してる。」
「はあ? アマギさん、全てって・・・親衛隊だけじゃなくて? 」
「うちだけじゃないよ。ウヅミーズラブには紹介済みだし、他の親衛隊にも、そう説明されているし、他にトダカさんの友人知人は、ほぼ網羅してるんじゃないか? ねぇ、トダカさん。」
「そんなとこだろうなあ。あそこは、うちから近いから、たまに自慢したくなったら、あそこでやってるんだよ。だから、一番詳しいんじゃないか? 」
「だから、自慢しないでっっ。てか、自慢なんかするとこないからっっ。」
「はははは・・・うちの娘は奥床しいなあ、アマギ。こんなに有能で優しいのに、自慢するところがないらしい。」
トダカは楽しそうに笑い声をあげて冷蔵庫をあける。アマギが用意した食材を投げ込むためだ。
「ロックオンくん、二日酔いは大丈夫だったかい? 」
会話に口を挟めないロックオンに、トダカが声をかける。さすがに、このやりとりにツッコミできるのはハイネぐらいだ。
「ええ、美味い酒でした。」
「あそこなら、大概のいい酒はあるから、呑むならお勧めだ。うちの子は、あまり呑めないけどね。」
「ええ、よくわかりましたよ。ロックのシングル一杯でした。次からは配分を考えます。・・・なあ、兄さん、とりあえず着替えないか? その恰好だと窮屈だろ。」
まだ、どちらもスーツ姿だ。そうだな、と、ニールも自分の姿を見下ろして頷く。とりあえず、トダカとアマギに冷たいお茶を用意して、双子は脇部屋に退いた。
坊主は、脇部屋の前の廊下でタバコを吸っていた。どかどかと回廊を歩いて脇部屋に双子が戻って来るのもスルーだ。女房のほうが立ち止って、声をかける。
「今夜は、水炊きです。アマギさんが材料を持って来てくれました。それでいいですか? 」
「なんでもいい。どうせ、宴会だ。・・・大丈夫か? 」
「酔って寝たから、ぐっすりでした。あの虎さんがくれた酒は、俺の故郷のやつでした。昨日、バーでアイリッシュウイスキーを飲んだら、同じ味でしたよ。」
「ああ、あれか。なるほど、それで、寝酒か。・・・おまえ、気付いてなかったんだな? 」
「あんただって気付いてなかったでしょ? 」
「俺は、洋酒は飲まねぇーだろ? 銘柄なんかわかるか。」
「俺も、パブで安いのしか呑んでなかったから気付きませんでした。いい酒だったんですね。」
「じじいーずは、いい酒しか呑まないからな。着替えるんだろ? 実弟が待ってるぞ。」
アゴをしゃくって、背後を坊主が示す。夫夫の会話に入れなくて、障子を開けて待っているロックオンがいる。
「ごめん、ライル。先に着替えてくれ。」
「わかった。・・あ、着替え、持って来てないや。」
昨日、買った服は、玄関に置き去りだった。それを取りに、階段を下りていく。それを見送って、ニールは、亭主に微笑む。鷹も亭主も、そう言ったが、事実、そうだった。
「・・・あんたの言った通りでした。ライルは、全部、承知の上で俺と、この先も付き合ってくれるそうです。」
「けっっ、だから、言っただろ? おまえがイカれてるのは、みんな、承知の上だ。実弟が気付かないわけがない。苛められたか? 」
「いえ、過去のことは何も言わなくていいし、できれば忘れて生きていけ、と、言われました。・・・まあ、忘れるのは無理ですが。俺が死んだと聞かされて、とても悲しかったそうで・・・嬉しかったですよ。俺は、そんなこと考えてなかった。」
「おまえは、ロクデナシのバカだからな。」
「・・・そうですね。・・・少し気が楽になりました。」
亭主には、正直に今の気持ちを伝えられる。実弟との関係が怖いと思っていたが、それも少し怖くなくなった。以前のように、とはいかなくても、それなりに実弟とも腹を割って話せそうだ、と、思う。
「俺は、あんたと、ここで暮らしてれば、それでいいんだそうです。未来永劫、組織には関わるな、と。」
「おまえなんか危なくて、組織には戻せないってことだろ? 当たり前だ。」
「俺が死んだら地上を攻撃するそうですよ? 」
「なら、死ぬな。」
「はいはい。」
「きゅうりでも育ててればいいだろ? 」
「・・・あ・・・忘れてた・・・」
「明日、誰かをアッシーにして買って来い。もう遅いかもしれん。」
風邪を引いたり、旅行に行ったりと、ここんところ慌しくしていて、きゅうりの苗を買うのを忘れていた。すでに、いつもなら花が咲いている時期だ。
「うーん、なかったら、どうします? 」
「スーパーで買え。俺は、なんでもかまわん。」
「他のを植えますよ。どうせ、ナスは、この後だ。今年は、梅雨時分も居られるだろうから、世話もできるだろうし。新しい野菜でもいいな。」
「好きにしろ。」
寺の夫夫がいちゃこらと会話していると回廊をロックオンが戻って来た。さすがにスーツ姿で家事はできないから、ニールも脇部屋に入る。追い駆けて、ロックオンも脇部屋に入る。
「待て、兄さん。これを着ろ。」
ロックオンは買って来た服からイージーパンツとTシャツを取り出してタッグを切る。
「え、これ、おまえのだろ? 」
「同じようなの二着買ったんだ。着てみろって。」
「いや、いいよ。汚すと悪いし。」
作品名:こらぼでほすと 二人8 作家名:篠義