こらぼでほすと 二人8
「いいんだよ。俺が見たいってんだから着ろっっ。」
その会話は障子を筒抜けて坊主にも聞こえている。ロックオンも、ニールの扱い方を変えたらしい。グダグダと言ってるのはスルーして押し付ければ、ニールは動くことを学んだらしい。
夕方から準備が始まり、日が暮れる頃に食事が開始される。レイや悟空が手伝って、ふたつの鍋で水炊きだ。これだけでは足りないから、サラダや酢の物なんかも用意されている。
「これは足りなかったかもしれないな。」
「大丈夫ですよ、アマギさん。うちの冷凍してた鳥肉も出してありますから。呑まないんですか? 」
「今日は、私が運転手だから、ウーロン茶だ。」
「泊ってけばいいじゃないですか。明日、早くから予定があるんですか? 」
「これといってはない。というか、洗濯したり掃除したりっていう、ヤモメのルーティンだけだ。」
「なら、泊ってください。ロックオンが変わったビールを仕入れたんで、味見してくださいよ。」
それじゃあ、相伴しようかな、と、アマギもビールを口にする。欧州のビールは、アルコール度数が低いので水みたいに飲める。
「ねーさん、酌してないで食えよっっ。ほら、盛ったぞ。」
シンがトダカたちのほうにいるニールを呼び戻す。大人組は量は食べないから、どっちかというと飲み会だから、そこいらはスルーしていいのだ。
「ロックオンのは? シン。」
「自力でいいだろ? 」
「こいつ、鍋とか、あまり食べてないから、適当に盛ってやってくれ。ロックオン、好きなスパイスとポン酢で食べればいいからな。」
「あっさりしたのがいいな。」
「じゃあ、大根オロシとポン酢と一味あたりかな。」
「作って。」
「はいはい。」
「だから、ねーさんが食えっっ。」
「わかってるよ。食うから。シン、そこいらのビールなら味見してもいいぞ? 」
「今日はいい。食うほうに専念する。」
「でも、シン、これ、あんま酔わないぞ? アルコール五パーだってさ。」
「悟空、勧めるな。シンが倒れたら厄介だ。」
「俺は、〆のおじやが食いたいんだっっ。だから、呑まんっっ。」
「俺は、うどんがいいなあ。」
「鍋ふたつだから、うどんとおじやにすればいいさ。・・・娘さん、そろそろ落ち着いて食べなさい。お父さんが、あーんしようか? 」
「しなくていいですっっ。お父さんは、三蔵さんと飲んでてください。アテは足りてますか? 」
「ああ、婿殿が隠した松前漬けを強奪してきた。これはおいしい。ほら、娘さんも味見して。」
わやくちゃ状態で鍋は進むので、ロックオンも用意してもらったのを食べながらビールを飲んでいる。わーわーと騒ぐ年少組を捌きつつ、鍋の具材を投げ入れている実兄は、実に楽しそうだ。確かに、この日常は貴重だ。これが、普通の日常というもので、これを感じていれば、戦闘の中、おかしな方向に思考が歪むのは阻止できるだろう。実兄は、こちらで新しい家族を作って暮らしている。それがあると実兄は安定しているのだろう。どれほど、家族を喪った事が実兄を痛めつけたのか、そして、新しい家族を手に入れて心が落ち着いたのか、それを実感する。
「ロックオンくん、こっちの酒は、どうだい? 」
「いただきます、トダカさん。・・・・これ、フルーティーなんですね? 日本酒ってやつですか? 」
「工場で作っている大量生産の日本酒ではなくて、本格的に作られているものだ。結構、アルコール度数は強いよ? 」
「俺が知ってるのは、もっと甘ったるい感じでした。」
「それは人工アルコールの入ってる分だ。こういう酒は特区でも数は限られていて、あまり外には出てないんだ。それに生だから、温度や湿度で品質が落ちるんで、環境変化で悪くなってしまう。」
「生? エールみたいなものですか? 」
「そうなんだろうね。それよりは行程が多いけど。ワインみたいに熟成が進んでいくものなんだ。」
「なるほど・・・それじゃあ、移動は難しいかな。」
「婿殿は味見しないか? 」
「いらんっっ。あんた、それを独り占めするなっっ。それは俺がリクエストしたブツだぞ。」
「はははは・・・心の狭い婿だねぇ。アマギ、三蔵さんにも回してやってくれ。ロックオンくんも、どうだい? 」
「義弟には勿体無いっっ。」
「うわぁー義兄さん、大人気ないことを。俺は、兄さんより、口は肥えてるんですが? 」
もちろん、ロックオンも、このわやくちゃに巻き込まれる。義兄と義父との取り合いは、確かに遊んでいるらしく、どちらも暴言を吐きつつ笑顔だ。だから、ロックオンも乗る。
「また、買ってきますから・・・三蔵さん、ロックオンにも味見させてやってくださいよ? 」
「うるせぇー。おまえが食え、ほら。」
数の子を持ち上げて、昆布の引いているネバネバをくるくると纏めて女房の口に投げ入れる。いつもの光景なので、誰もがスルーだ。放り込まれたほうは、こりこりと噛み、へぇーという顔をする。
「メシいる? ねーさん。」
はい、と、シンが自分の茶碗から一口、ニールの口に放り込む。松前漬けだけでは塩分が多いからだ。もぐもぐして飲み込むと、ニールも、「これ、いいなあ。」 という感想だ。
「なあ、さんぞー。俺も食いたい。」
「てめぇらは、スーパーの安物から修行しろ。」
「いいじゃんっっ。ちょっと食わせろっっ。」
「自力で買えっっ。」
バカ、ケチと子供の喧嘩に発展してきたので、慌ててニールが松前漬けの入った容器を取上げて、悟空に渡す。
「また、買ってくるって言ってんでしょ? 悟空、シンたちにも分けてやれ。」
「おまえ、そいつらに贅沢させるな。まだ早い。」
「あーもう、そろそろ、変わったものも味見させたほうがいいんですよ。そんなに気に入ったんなら、明日にでも買ってきますっっ。どうせ、ロックオンと散歩するんだから。」
「俺の世話は? 」
「朝の用事を片してから行きます。心配しなくてもあんたのことは、ちゃんと世話しますよっっ。全部、食べさせて欲しいなら食べさせますが? 」
「そこまではいい。」
寺の夫夫が無自覚にいちゃこらしているうちに、悟空たちの味見が終わる。あっという間に、松前漬けは三分の一に減った。最後にロックオンのところに廻ってきたので、口にして日本酒を飲むと確かにおいしい。
「しまったぁ。おじやと食べればよかったじゃんっっ。」
「いや、それにはたくあんのほうが合う。ママ、そろそろ、おじやしましょうか? 」
「ああ、そうしょう。」
レイとニールが立ち上がって、おじやの準備をする。うどんは乾麺を煮立てた鍋に投げ入れれば完成するので、シンのほうがやる。ぐつぐつして柔らかくなったら、醤油を回してネギを入れたら完成する。おじやは洗ったごはんを入れて塩で味付けして、タマゴを入れてネギと海苔を載せて少し蒸らしたら完成だ。酒飲みたちは放置して、年少組は、うどんからはふはふと制覇していく。
「ママ、おじやを少しだけ。」
「ねーさん、うどんもちょっと。」
作品名:こらぼでほすと 二人8 作家名:篠義