あい、じゃなくても
「まあだ生きてやがったのか。ノミ蟲。」
いつから俺に気付いていたのか、バーテン服の男は煙草を銜えながら忌々しそうに呟き
舌打ちをした。
ノミ蟲、だって。
もしかしてそれ、俺の事?
こっちは初対面だっていうのに、随分なご挨拶だよねえ。
「ふーん、君がヘイワジマシズオ君?」
「ああ?」
ただの確認作業に、バーテン服の男はギロリと俺を睨み付けた。
沸点が低いにも程があるんじゃないの?
「あはは!君、自分の名前もわかんないの?」
「てめえ、とうとう頭が沸いたみてえだな!」
俺の胸ぐらを掴もうと伸ばしてきた手を
隠し持っているナイフで腕ごと薙ぎ払ってやろうとした、その時。
ブン、という風を切る音と共に黒い何かが横切った。
「!?」
「!!」
思わずお互いに距離を取り、離れるとその間に滑るように黒いバイクが静止した。
「首なし」
「セルティ」
同時に呟き、お互いに剣呑な視線を交わす。
首なしの事まで知っているのか。
ああ、この男、新羅と俺とは知り合って長いんだっけ・・・。
時折襲う違和感に苛立つ。
何か重要な事を忘れている気がしてならない。
「・・・それ、マジなのか」
首なしにPDAを差し出されたバーテン服の男が、ピクリと眉を跳ね上げる。
内容は大方想像が付く。
どうせ、新羅のお節介だろう。
首なしが静かに頷き、こちらを見た。
わかってるさ、大人しく帰れって言うんだろ。
首なしが登場した事で、携帯を構えた学生やら大人が俺達を囲みだした。
ああ面倒だ。
こうなったらさっさと退散するに限る。
それにしても、何故こんなにも苛つくんだろうね。
この体中を駆け巡る気持ちの悪い衝動は
この男を消したら少しはマシになるかもしれない。
ああ、これが怒りとか憎しみというやつなのかな。
ありえないよ。ありえない。
俺は人間がこんなにも好きなのに!
俺はこの男を消したくて消したくて仕方がない。
「なんだその目は?いーざーや君よお」
先刻とは微妙に違う空気が流れる。
バーテン服の男は落ち着きを取り戻し、手持ちのケースで煙草の火を消した。
そして、まるで空気を読んでいないみたいに
笑いさえ含んだ表情で俺を見た。
「もう一度聞くけどさ。あんたが平和島静雄?」
反比例してるみたいだ。
この男が笑えば、俺はどんどん不愉快になっていく。
「それが何だ?てめえには関係ねえだろ」
そのまま踵を返して去って行こうとする。
ああ、その無防備な背中を刺してやりたい。
ポケットの中でナイフを握る手が震えた。
直後、俺は全身に流れる嫌な汗に気が付いた。
ああ、熱まで出てきたみたいだ。吐き気がする。
家に帰って眠りにつくまでの間、俺の頭の中は
あのバーテン服の男をどうやって殺すか
という計画で頭が一杯だった。