こらぼでほすと 二人9
ロックオンのリクエストは、ちゃんとサラダ菜が敷かれたものになっている。さらに、トダカたちのために漬物が用意されている。満腹はしているから合いの手ぐらいのものだ。それらを、さっさと用意すると、ニールは散歩に出かけた。
悟空が風呂場から戻って来たが、ニールを追い駆けるために、そのまま玄関へ走り去った。残るのは、トダカとアマギ、ロックオンだ。
「トダカさん、いろいろとニールのことを気遣ってもらってありがとうございます。」
こういう時でもないと礼も言えないので、真面目にロックオンは頭を下げる。昨夜のバーのことにしても、何かあっても対応ができる場所を選んでくれている。
「そんな大層なことじゃないさ、ロックオンくん。・・・私としても、可愛い娘ができて大歓迎なんだ。少しは話が出来たかな? 」
「言っておきたかったことは言えたと思います。まあ、届いてるかどうかは不明ですが・・・反復作業をしてれば、そのうち理解するでしょう。」
「ははは・・・反復作業か・・・そうだろうなあ。きみと疎遠だったから、気にしてはいるみたいなんだ。ただ、どうしていいのか、わかんないみたいでね。」
「きみも誤解してたんじゃないか? ロックオン。」
酌しながら、アマギが痛いところをつく。ニールは生き残ったが、その前から、頭のどこかの回線がおかしくなっていて、外面と内面に大きな溝がある。普段は、ほぼ外面しか見せないから、まったく内面がわからない。トランザムバーストを浴びる前に、ニールと対面して、ようやく違和感は覚えた。まだまだ、完全にニールを理解していないだろうとは思うが、かなりニールの本体には近づけたと思っている。
「・・・してましたね。昔は、あんなじゃなかったんだけど・・・・いや、外面は、ほぼ昔のまんまなんですよ。だから、変わらないなって思ってました。」
「あの子の内面は、真っ暗だからね。・・・でも、少しはマシになってはいるんだ。『吉祥富貴』に居着いてから、亭主やら連れ子やらができて頼れるものがあるって少しずつ理解はしてると思う。」
「あと、溺愛状態の父親もいますしね? トダカさん。」
「きみも大概に、ニールには甘いだろ? アマギ。」
二人して苦笑する。トダカの様子を、近くで見ているアマギにしても、ニールの心の傷には気付いている。何かと言い訳をして顔を出すのも心配だからだ。
「『吉祥富貴』の面子のお陰だと思ってますよ、俺も。・・・あの人、十五で全部と決別なんかしたから、トダカさんやアマギさんがいてくれて助かってるんじゃないかな。」
「そう言ってもらえると嬉しいな。まあ、ぼちぼちと進めていくしかないだろう。そこいらは、じじいどもに任せてくれ。」
「ええ、お願いします。初日に、鷹さんとハイネにも説明されました。兄さんは、誰か人がいないとダメなんだって。」
「というか、一番手間のかかる人を亭主にしてしまったからねぇ。婿殿が居る限りは、元気にしてると思うよ? 」
「それだけじゃないでしょ? トダカさん。対人なら敵なしですし、度量も大きい。ニールが、どんなにピーピーと泣き喚いても、となりで聞いていられるんだから。」
アマギは、実際に目にしていないが、寺の女房拉致事件の奪還の手際の良さからすれば、本気で対人なら敵はいないと断言できるし、何よりニールのグダグダに日々曝されても、へこたれることもない神経の図太い男だ。そうでなければ、トダカも寺にニールを住まわせていない。再始動の時は、毎日のようにニールはグダグダしていたが、寺の坊主はハリセンで叩いて黙らせるという荒業を使っていたのをアマギも目撃している。優しく慰めるなんて手ぬるいことではないのが、ある意味、通じ合った夫夫だな、と、感心していた。
「誉めてどうするんだ? アマギ。あれは、私の可愛い娘を里帰りもさせない冷血漢なんだよ? 」
「また、そんなことを・・・確かに、なかなか返してはくれませんけどね。・・・この間、オーヴに旅行されたじゃありませんか。ニールも楽しかったと言ってました。」
「ああ、楽しかったよ。シンもリジェネくんも楽しんでくれてた。」
「そうやって連れ出せばよろしいじゃありませんか。」
「ふふふふ・・・そうだな。毎月というわけにはいかないが、適当に旅行に連れ出すとしよう。あの婿殿も誘えば問題はない。」
実兄には、こうやって身近に頼りになる大人たちが居る。今までは、頼られる立場だった実兄に、そういう場所があるのは、良いことだ。旅行の話をロックオンに聞かせていたら、坊主が風呂から出て、居間に顔を出した。
「女房は? 」
「散歩だ。」
けっっと舌打ちすると、冷蔵庫から缶ビールを取り出して戻って来た。プルトップを持ち上げて、ゴクゴクと一気飲みだ。そして、ああ? と、不穏な声がする。
「なんだ? ジュースか? 」
「義兄さん、それ、ベルギーのビールです。俺が買って来たやつ。」
「軽すぎるぞ、義弟。もっと、喉越しがいいやつにしろ。」
「俺は、義兄さんの好みなんて知りませんよ。普段、俺が飲んでるやつです。たぶん、兄さんも好きだと思うんだけど。」
「あいつ、ビールなんか飲まねぇーぞ、義弟。呑むのは、催眠剤代わりの強い酒だ。」
けっっと、もう一度、舌打ちすると携帯端末を持ち出して連絡する。「俺のビール。」 と、叫ぶと切っている。
「今、もしかして・・・兄さん? 」
「俺の風呂上りに、あいつがいねぇーのが間違いだ。」
「独占欲の激しいことだ。」
「あんただって気付いてるくせに・・・今日は、昼間も歩いてんだろ? 電池切れする。」
「だから、レイが付き添ってる。まあ、戻って来るだろうさ、愛しい亭主のラブコールだからね。」
「うぜぇ。死ぬ、舅と小舅。」
「どうして、私まで呪うかなあ、三蔵さん。」
「あんたも同罪だ。」
「あははは・・・・そうか、私も小舅認定してもらえるほどニールを
甘やかしてるんだな。」
暴力的なのか穏やかなのかわからない会話に、ロックオンは首を傾げた。今の話の内容を簡単にすると、どうも実兄は、電池切れ寸前ということらしい。
「あの、義兄さん、俺、もしかして・・・」
やりすぎたんですか? と、言おうとしたら、トダカのほうが手を横に振った。
「違うよ、ロックオンくん。私たちが心配性なだけだ。まあ、婿殿が、こう言ってるから、たぶん寝かせたほうがいいんだろう。」
「あれの散歩は一回に一時間って言われなかったか? 義弟。」
「え、それって・・・外出全般に当てはまるの? 」
「休み休みならいいが、どうせ、あのバカは休みもせずに歩きまくってただろ? 」
「・・あ・・・」
「自覚はないからな。」
外出すると張り切るので、当人は疲れたということがわからなくなる。だから、小一時間と決めているのだ。決まりは守れよ、と、坊主は義弟に注意すると、もう一度、立ち上がって冷蔵庫からラガービールを持って来た。
「やればできるのに。」
「うるせぇーぞ。喉が渇いただけだ。・・・ちっっ、漬物だけか。」
「チーズなら、こっちに。」
「ビールには合わないだろ? ロックオン、あいつ、記憶もイカれてるからな。」
作品名:こらぼでほすと 二人9 作家名:篠義