ガガーブその向こう側 前篇
いつも遅刻など構わない男だったが、今日は特別な日。
月に一度風紀委員が校門に立つ日だった。
(くっ、お待ちかねってやつか)
まだ予鈴はなり終わっていないのに、校門はほとんど閉められ
わずかに開いているところには腕章を付けた委員数名が立ち塞がっていた。
これでは滑り込もうにも、風紀委員たちを吹き飛ばしてしまう。
「ちいっ」
・・・コーンカーンコーン
あとワンフレーズ、その間に敷地内に入らなければアウトだ。
意を決して男は右手の壁を蹴り上がり、その勢いで門を飛び越えた。
「ふんっ」
「させるかああっ!!」
男が宙を舞ったその時、何かが閃きズシャッという鋭い音が響いた。
「ふぅ、間一髪だったぜ」
着地した男の抱えているカバンに小刀が3連、並んで突き刺さっていた。
「一体全体、生徒に向かってこんな危険物を投げつけるなんて
どういう教育を受けているんだ、風紀委員ってやつは、ああ?」
男の周りを取り囲んでいた風紀委員たちは、男の圧に数歩あとずざって慄いた。
「あなたは生徒ではなく、不良です。
良くないものは正さなければならない」
「またお前か、ルティス」
一人、動かずに男を睨みつけているのは、
艶のある黒髪で凛としたたたずまいの女生徒ルティス。
臥ヶ武高等学校2年の泣く子も黙る風紀委員長その人であった。
「私もあなたの顔など二度と見たくはありません。
おとなしく私の獲物で死になさい」
「お前、俺を目の敵にするのはいい加減にやめたらどうだ」
「あなたが存在する限り、それは難しいでしょうね」
小雨が本格的に降りしきる中、二人は対峙していた。
ふと、ルティスは男のカバンから、何かがはみ出ているのに気づいた。
「!それは妹のっ!!!」
「ん?ああ、傘のケースがさっきの衝撃で飛び出たんだな」
「おのれ!!ルカの清らかな心をもてあそぶなど許せないっ覚悟おおおっ!!」
「くうっ」
ガンッッ
腰から4つ目のナイフを抜いて迫りくるルティスに対し、
男は咄嗟にカバンの金具部分で一撃を防いで見せた。
次の瞬間、二人は再び距離を取って対峙した。
「ちっ、大人しくやられていればよいものを」
「言っておくが、俺はこのままやられるつもりはこれぽちもねえ
しかし女に手をあげるつもりもねえんだぜ」
「私を・・・女と見くびるなあっ!!」
「双方そこまでじゃ!」
ルティスの刃が今にも男を切り裂こうというそのとき、
現れたのは長袖シャツとスラックスを先の方で幾重にも折り返し
その下に下駄を履いた・・・とにかく変な格好のおじさんだった。
「「アルフ先生!!」」
変なおじさんは名前をアルフレッドと言い、
何を隠そう臥ヶ武高等学校の教頭先生なのである。
そしてこれはみんなには秘密だが、理事長も務めるお金持ちでもあった。
「ルティス、武器を納めよ。
風紀委員とて、無抵抗のものを傷つけるのは感心せぬな」
「は、はい・・・しかしこれはべリアス先生のご指示。
遂行しなければ私たちの落ち度になります」
べリアス先生。
臥ヶ武高等学校改革派の筆頭と言われる男で、担当は化学。
志は誰より高いが、極端なところがあって、
堂々と生徒をエコひいきをするなど、問題も多い先生だ。
べリアス先生は、何よりルールを逸脱するものを嫌い、
風紀委員を実質私物化して、規範外の生徒を秘密裏に罰していた。
そのことは多くの教員が知っていたが、見て見ぬふりをする者がほとんどだった。
アルフはそのことに心を痛めながらも、
自分が出るとべリアス先生を必要以上に追いつめると知っていたので、
こうやって問題が小さいうちに解決するという地道な努力を続けていた。
「べリアス先生には私から言っておく
なに、心配しなくとも君たちの悪いようにはせんから、
早く教室に戻りなさい」
アルフ先生の温かい言葉に、元々及び腰だった他の委員たちはもちろん
ルティスも絆されて、素直に従った。
「・・・分かりました、それでは失礼します」
「ったく、自分の代わりに女をよこしやがって
勝負するんならジジイ自身が来やがれ」
風紀委員たちが見えなくなると、男は立ち上がって毒ついた。
持っていたカバンは、ナイフで穴があき、金具は馬鹿になりと散々な状態だ。
「これ、べリアス卿をそう悪く言うな
彼なりにこの学校のためを思ってのことじゃ」
「それで殺されちゃ適わねえぜ」
「まあやり方は間違っていると思う・・・が、おぬしの生活態度も問題じゃぞ?」
「ふん、不良の生活態度が良くてどうするよ」
「威張るんじゃない」
バシッ
アルフ先生の平手打ちが男の後頭部に決まった。
作品名:ガガーブその向こう側 前篇 作家名:なぎこ