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はろ☆どき
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輝ける水の都【夏コミ86新刊】

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もしそうだとして、言い伝え通りならどうやらしゃべるキメラのようだ。エドワードの脳裏には過去の凄惨な出来事が浮かびかかり、慌てて記憶に蓋をする。
「人魚の血は万能の妙薬とか永遠の命をもたらす、などという話も聞くが……。ちなみにこの話に出てくる人魚は、見事なプラチナブロンドに湖のような真っ青な瞳をした大層な美人だったそうだ。私はその容姿が一番気になるところだがね。現実にいるものならこの目で見てみたいものだ」
兄弟のしている物騒な話を逸らすかのように、いかにもロイらしい発言で口を挟む。
「で? 人魚があんたの好みの容姿かどうか確認しに、オレ達にこんな山の奥まで行けって訳じゃねえよな?」
エドワードはやはりこれは厄介事の押し付けなのかと、思い切りしかめっ面でロイの方を見てやった。
「それだったら人任せになどせず自分で行くさ……いやいや、もちろん行けるほど手が空いていたらの話だがね」
ロイが本音を言いかけたところで副官の冷ややかな視線を感じたらしく、取り繕うように両手を上げて空笑いをする。
こほん、と咳払いをして居住まいを正すとロイは再び話し始めた。
「人魚なるものが実在したのかどうかは、何百年も前の話なので定かではない。何かそれらしき痕跡……骨とか鱗とかそういったものが残されているわけでもないようだ。だがその錬金術師の子孫というのが代々町の長を務めているのは確かで、年に一度の儀式とやらは今でも行なわれているようだよ」
「あんたがなんでそんなこと知ってるんだ? そんなにきれーな人魚ってのに興味が……」
エドワードは胡乱下な眼差しでロイの顔を見た。
「人をそんな目で見るのは止めたまえ……。この儀式にかこつけて町ではお祭り騒ぎになるらしいんだが、年々話題になって近隣からの観光客も多くなっているそうでね。それで警備が町だけでは対応しきれないということで、ここ数年山岳地帯の麓にある軍の駐在へ応援要請があるのだよ」
「へー、軍がわざわざ僻地の町まで警備に出向くわけ?」
そんなことに人を割けるほど軍は暇なのか。そんな揶揄も籠めてエドワードは返す。しかしロイは露ほども気にした様子もなく、話を進めた。
「さすがにイーストシティからは派遣していない。近隣の駐在から憲兵の増員と一応軍の者を数名やって、対策本部を設置させている。軍服を着た者がいるということだけでも防犯になるだろう。それくらい日頃は長閑な町のようだしな」
「あんたは行ったことないんだ?」
「ああ、残念ながら。湖の群れに独特の町の姿は遠出してでも見る価値はあるそうだがね」
エドワードが訪れる時はいつもさぼっている印象のあるロイだが、大佐位で実質の司令官ともなれば少なくとものんびり旅行ができるほどの時間は捻出できないのだろう。
まあ、自分達だって旅暮らしではあるが観光に行っている訳ではないので、のんびり風景を楽しんでいる余裕などないことが殆どなのだが。
「騒ぎなどあっても、迷子にスリ、酔っぱらい同士の喧嘩。祭りの後で上がってくる報告はその程度のものだ。だが私が東方に着任した際その要請があった時に、警備の状況を把握するにあたって町の地図を取り寄せたのだが――中尉」
ロイが声をかけると、心得たようにホークアイがまだ一つ手に持っていた丸めた紙をテーブルの上に広げた。それはヴィエナーレの町の地図のようだった。湖の真ん中に見事に真ん丸な図面が描かれていて、その中は細かい模様のような線が無数に引かれている。
それは何かに似ている気がする……。
「これって、この道? みたいなの……錬成陣に似てないか?」
エドワードは思った通りのことを口に出して言ってみた。
「この一瞬で分かるとはさすがだな。これは道ではなく水路なんだが、真ん中の池だか泉だかを中心に四方に伸びたメイン水路があって、それらを繋ぐように細かい水路が張り巡らされている。この町の外周の水路と併せて錬成陣になっているように見えないかね」
「ほんとだ。町の大きさに対して道……水路にしては隅々まで細かいですね」
身を乗り出して食い入るように地図を見ているエドワードの後ろから、アルフォンスも覗き込んで言った。
「最近駐在から連絡があったので、そういえばと思い出して引っ張り出してみたんだよ。当時は錬成陣に似ているなどとは思いつかなかったのだがね。どうだ、興味は惹かれないかね」
「光の屈折を利用して空間に映像を映し出すとかかな。町全体が錬成陣になってて、それを発動させる……そんな大掛かりな錬成、いったい何を対価にしてるんだろう。それが人魚の渡した赤い石ってやつか? ならもしかしてそれが賢者の石って可能性も……」
エドワードはロイに聞かれるまでもなく、大いに興味を惹かれたようだった。
「ん? 最近連絡があったとか言った?」
「なんだ、案外ちゃんと人の話を聞いているんだな。資料に年に一度と書いてなかったかな?」
「五月のある日……って今がじゃんか! 満月っていつだ?」
「祭り……儀式の日程は――」
「「五日後だ」」
ロイとエドワードが揃って同じ日を告げる。
そうしてエルリック兄弟の次の行き先が確定したのだった。



「エドワード君、元気そうでよかったですね。ちゃんとここにも来ましたし、安心しました」
執務室に射し込む西日を遮るためにブラインドを下ろそうと窓辺へ立ったホークアイは、兄弟が揃って司令部の門を出ていく姿を目にして言った。
「ネタ切れの頃に情報があるのをチラつかせたからな。私へのわだかまりなんぞより、赤い石の情報の方が優先なのさ」
「そんなにわだかまりが残るほど、ご注意されたんですか?」
「いや……」
ロイは歯切れの悪い返事しか返さなかった。前回彼らが訪れた時、エドワードの怪我をした姿に激昂したロイが、アルフォンスも自分もここから追い出したのだ。そして二人きりで暫く籠り……おそらく説教をしたのだと思われるのだが。
エドワードが執務室を去った後にホークアイが様子を見に行くと、ロイは執務机に額を擦りつけて淀んだ雰囲気を醸していた。そしてエドワードは当分ここへは近寄らないだろうと、溜息交じりにぼやいていた。説教をした立場であるはずのロイの方がダメージを受けた様子だった。
確かにあれから三ヶ月音沙汰なしではあったが、それくらいならばいつもと大して変わらない。内心ほっとした様子の上司のことなどよりも、エドワードが身心共に元気そうであったことが、ホークアイには何よりも嬉しいことだった。
しかし今なら当分上司の機嫌は良さそうだ。今のうちに書類を盛れるだけ盛っておこうと算段しながら、ホークアイはロイに労っているように見える笑顔を向けて言った。
「それではお茶を入れ直して参りますね」
ついでに追加の書類もお持ちいたします、というのは心で呟くのに留めておいた。



エドワードとアルフォンスは司令部を出た後、さっそく湖水地方の入口となる町まで行くために北東部行きの列車へ乗り込んだ。座席から窓越しに沈んでいく陽をぼんやりと見ながら、エドワードは物思いに耽っていた。向かいに座るアルフォンスは本を読んでいて話しかけてはこなかった。