空想の戦場
戦場/ヒューズ
青いきれいな空だ。マース・ヒューズ大尉は鼻と上唇の間にペンを挟み、ちょいちょいと動かしながらその青さに見入っていた。特有の天気で陽射しが強いが、普段より暑さは感じない。これで、ここが戦場でなければ最高なのだが。
「大尉」
二つ並んだ資材庫の向こうから部下の声が呼んでいる。
「ヒューズ大尉、どちらですか、昼食ですよ」
「持ってきてくれ、裏だ」
返事をした弾みにペンがズボンの上に落ち、慌てて拾いキャップを嵌めた。ペン先が落ちたところに黒いシミができて、ヒューズは口を尖らせてそこをごしごしと擦った。
「少し横になったらどうですか」
倉庫をぐるりと回ってやってきた部下が差し出したトレイには、ライ麦パンと豆の煮込みが乗っていて、ヒューズはそれを受け取るとちぎったパンを煮込みに突っ込んで食べ始めた。
「……本当に豆しか入ってないな…と、塩味?これ?」
「輸送班がこっちに来る途中に襲われたんですと。幸い無事だったそうなんですが、搬入は夜だそうで」
「兵糧攻めか。考えたな」
食事くらいしか楽しみがない場所なのにそれだけは勘弁してもくれよ、とヒューズはおどけて言った。
しかしその食事すら、先日の出撃以来残すことが多くなったのを部下は知っていた。
「大尉、お茶、飲みますか?」
「へぇ、ゼータクだな」
水筒を受け取って、一口飲む。幸せそうな息を吐いて、続けて三口飲んだ。
「うまいなぁ」
目を細めて言うのを、少し安心したように、部下は水筒を受け取りながら微笑みをこぼした。
揃ってテントに戻ろうと立ち上がった時、出撃のラッパが鳴った。西側へ出ると聞いた隊のものだろう。
「あとでNEポイントの資料持ってきてくれ。地形図と、写真もだ」
「大尉、少し休んでください。皆が心配して」
ヒューズの小隊は、半月前まで第五連隊に所属していた。情報科として各隊の繋ぎを取り、本部からの命令を回し、時には敵側への妨害工作も行っていた。
その日、第五連隊は壊滅した。嵐が起きたのである。
近代兵器を持った軍とて、自然災害には勝てなかった。銃器類には砂が詰まって使えなくなり、白兵戦になると足場の悪さと巻き上がった砂埃のせいで敵の攻撃をうまくかわすことができず、仲間はどんどん斃されていった。
ヒューズとその隊の数名は、塹壕代わりにしていた瓦礫の影で無線傍受に当たっていたため、急いで被ったコートの上から砂を被っただけで済んだ。倒れてきた資材も砂よけに一役買っていた。
…通信機は使えなくなっていた。この戦いの勝敗も目に見えていた。ヒューズはその場にいた全員に、動くな、とだけ命じた。やがてあちこちから立ち上る煙の中、捕えられていく仲間の姿が見えてもヒューズは、動くな、と言った。握った掌には、血が滲んでいた。
「まぁそんなに心配かけてんじゃ、休まないわけにはいかないな。テントにいるから、資料、持ってきておいてくれよ」
そうニッと笑いながら部下の頭をぽんぽんとやって、ヒューズは自分のテントに戻った。
簡易ベッドへ横たわる。珍しく少しうとうととしてきた。だが、瞼など閉じきれない。
「どうせ眠れないんだ」
半眼を開いたまま、視線の先には、イシュヴァール全域の地図があった。