空想の戦場
錬金術師二人
最後の演習地とされた街は、元から戦地ではなく、住民は皆平凡な毎日を送っている、そんな所だった。夜襲を行うと言われ、仕度を始めた時、ロイが言った。
「今回は私一人で行かせてもらおう」
その場にいた全員が驚いた。賛成しなかった。しかし反対もしなかった。ロイは誰がどう理由を聞いても何も語らず、時間になると数名の下士官を連れて攻撃ポイントへ出かけていった。
時間になり、一部始終を見届けようと外へ出たアームストロングが見たものは、光だった。
街の真上の黒い夜空に光が満ちており、白金の輝きに思わず目を細めた。やがて飽和した光が雨となって砂漠と街に降り注ぐ。
『なんと 美しいのか』
アームストロングは、いつまでも泣いていられるような気がした。
罪のない人々を殺したという慟哭でも、哀悼でも、懺悔でもなく、死をもたらすその炎に純粋な涙が止まらなかった。
『マスタング少佐。貴方は なんという人だ』
ロイの熾した火炎は一瞬にして街の姿を変えた。生き物もそうでないものも、唯一つの同じ物になった。
夜が明けて、視察に出ても辺り一面炭と灰しかなく、一団は早々に引き上げた。誰もが、ロイの外見とは裏腹な力の強大さにある種の恐怖を感じた。当の本人は放出した力の反動から発熱し、自分のベッドで丸くなっていた。そこへ、医療班から薬をもらったとアームストロングが入ってきた。
「すみません」
ロイは起き直ると、手渡された小さな錠剤を口に放り込み、水と一緒に飲み下した。
「……どうしました」
水の入ったコップを返しながら、浮かない顔のアームストロングを覗き込んだ。彼ははっとしたように、なんでもない、と首を振ったが、取り繕った笑顔にはやはり翳りが見える。
だが、ロイはそれ以上何も言わなかった。一部の人間を除き、この演習への思いは皆同じだった。しかし軍の意向に異を唱えるのは禁忌だった。代わりに、いつもは聞かないような彼のことを聞き、自分のことを話した。そう長い時間ではなかったが、少しだけ心が安らいだ気がした。
「明日はいよいよ本隊と合流ですな。…おや」
ロイがうとうととしているのを見て、アームストロングは席を立った。帰り際、彼はやっといつものように微笑んだ。
「マスタング少佐。貴方は強い人だ」
と言った。
「一人一人の命の、なんと重いのでしょう。我輩には耐えられないかもしれません」
その最後の方の声は、遠かった。
アームストロング少佐。それは違う。
私は強くなどない。ただ面倒なだけなんだ。
貴方のように一人ずつ背負おうなど とても面倒なんです。
翌朝、まだ熱で怠い体のロイを含め、錬金術師の一団は出立した。
本隊のベースキャンプに入ったのはその日の昼過ぎで、挨拶もそこそこに早速軍議が始まった。それと共に今後の所属が伝えられ、アームストロングはそのままグラン大佐の元に残り、ロイは一個中隊を率いることになった。