空想の戦場
戦場/アームストロング
「砲撃用意、テェッ!」
号令と共にその街は一斉攻撃を受け、爆撃に続いて土煙と人々の悲鳴が上がった。砲撃が止むと、アームストロングは兵の先に立って街に入り、戦いを始める。
キャンプ到着二日後に襲撃した街は、遠くからの偵察でも分かるほど、何もない街だった。非戦闘員の住民しかおらず、戦争の被害を受ける貧しい街。
アームストロングはグラン大佐に対し、この街を攻撃する意図を尋ねたが、命令だからと退けられた。
兵達は次々と殺し、奪った。銃声と悲鳴。
どうして自分はこんなところにいるんだ。
一体 何のために。
アームストロングの悲鳴は、その両腕に込められた。
ふと、前方にちらちらと動くものがあった。それは、崩れかけた建物からよろめき出てきた子供だった。
煤だらけの肌、ボロボロのワンピース、恐怖に駆られながらも必死にこちらへ歩いてくる。その手には、元は白かっただろう汚れた布を括りつけた棒が握られていた。子供は時折、歩きながら後ろを振り返った。建物の中に、家族でもいるのだろうか。
子供だけなら助けてもらえるかもしれない。せめて子供だけでも。きっと一縷の望みを持って、家族は白旗を持たせて送り出したに違いなかった。
アームストロングは、右手を胸にしたまま凍りついた。
やはりここに、戦う相手はいない。常に自分が守りたいと願う、弱者しかいない。
しかし自分の正しいと信じる軍は、それすらも殺せという。子供だろうと、老人だろうと、アメストリスではない彼らは人ではなく獣と同じだから。
「何をしている、アームストロング少佐」
子供を前に動かないアームストロングに、背後からグランが言った。
「しかし…」
「我々に下された命は殲滅のみだ」
アームストロングは振り向かず、子供の方を向いたまま目を閉じ、右手に嵌めた手甲に接吻した。左手を強く握り締めた。そしてまた、子供を見て悲しく微笑った。
両腕がダラリと下がり、兵達がギョッとした。
「できません」
「軍令だ」
「たとえ軍令でも、これは我輩の正義に反します。できません」
「そうか。分かった」
そう、グランが答えたのとほぼ同時くらいだったろう。正面の遥か向こうから錬成の光が弾け、白旗の子供が宙で吹き飛んだ。引きちぎれた体は地に落ち、小さな体から降る大量の血が、ざぁざぁとアームストロングの体を染めた。
「一個人の正義などない」
グランは、呆然と崩れるアームストロングの傍を通りながら言った。
「正義は銃口から生まれる。戦場というのはそういうところだ、覚えておけ」
兵達に踏みつけられる旗竿の端を、ちぎれた子供の小さな手が、まだ握っている。
アームストロングはその場で拘束され、護送用のトラックの荷台から、街の焼かれる様子を見ていた。
軍に入ってこれまで、正義の名の下に働いてきた。それが全て国の、人民の平和のためと信じていた。しかしこの戦争にそんなものはない。強者が弱者を虐げることに、正義などないのだ。ましてや、武器に平和が宿っているはずがない。憎しみと悲しみの輪が、ただただ広がっていくだけだ。軍に反するつもりはなかったが、己の正義を曲げることもできなかった。
だが、それでいい。これからどんな罰が下されようと、アームストロングにそれを受け入れる覚悟はできていた。