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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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天使への遺言

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 遊星盤が、エリューシオンの神殿上空に差しかかった。神殿とはいえ、まだ発展途上の星であるが故に、いたってこじんまりとした素朴なつくりではあったけれど、多くの民たちが集まり賑わっている様子が見てとれた。そしてこの遊星盤の姿――彼らの、いわゆる『天使』たるおまえが飛ぶ姿を、神官はいち早く感じ取り、おまえの到来を待ち構えているようだった。
 しばらく、中空あたりで旋回しつつおまえは、民の声を感じ取ろうとしているのか、黙って目を閉じていた。
 そしてその、閉じた瞳が開かれたとき。
 おまえの躰が、まるで糸の切れた人形のように膝から崩れていく。慌てて私は、再び後ろからおまえを支えた――支えたつもりだったのだ。だから、どうにかおまえの両脇に私自身の腕を通すことはできた。
 だが。
 通して、掴んだところが悪すぎた――よりによって、おまえの両方の乳房をわしづかみ……してしまう……など。それでも、離してしまうわけにはいかなかった。それでなくとも狭い遊星盤で、倒れる際、打ち所が悪ければ大変なことになるからだ。
 いや、私のことより、いきなり魂を神殿へ飛ばすおまえのほうが悪い。エリューシオンへの視察から帰ったとき、ときどき膝や腕に青痣をつくっていたのは、こういうわけだな。大陸へ降り立つ際は、ここに残る生身の躰に被害が及ばぬよう静かに座るか、もしくは横臥するようパスハから注意を受けているはずだ。
 そうやって、魂の抜け殻となったおまえの躰に向かって悪態をつきつつ、ゆっくりと床に横たわらせると、ほっとして私は、おまえの腕や足を踏みつけぬよう注意しながら、エリューシオンへ降り立ったおまえの様子を確認できるよう、遊星盤に取り付けられた特殊な映像機器へと移動してボタンを押した。これは、女王候補の安全確保と民の様子を確認する意味で設置されたものだ。
 女王――この地においては女王候補――この地の民たちからは『天使』と呼ばれる存在は、実体としてではなく、魂のかたちで神官の、あるいは民たちの前に姿を現す。そのときにどうも、その背に翼らしきものが見えるらしい。だから、翼のついた姿で描かれたり、彫像になることが多い。
 そして今、私もまたその映像を――民たちの見る姿を――機器を通して見ていた。
 翼だ。
 翼を大きくはためかせたかと思うとおまえは、真っ直ぐ、神官と民たちのもとへと降りてゆく。
 民のどよめき――歓声が聞こえる。『天使』たるおまえは、その意思でもって民たちの前へ姿を現すことができる。だから、今はそこにいるすべての民たちがおまえを見つめているのだろう。
 「天使様!」
 神官らしい。年老いた男の声が私の耳に飛び込んできた。見ると、おまえが空より舞い降り、その神官に右手を差し出している。実体ではないから、それを握り返すことなどできないと神官も重々承知しているはずだが、それでも彼は、跪きながら両手を差し出し、再度「天使様」と叫んだ。
 その光景を目の当たりにした瞬間、私は、先頃よりずっと頭にもたげつつある予感が、はっきりと確信へと変わったことを認識した。
 神官の、おまえに語りかける声が聞こえる。
 「天使様……良かった! 近年、なにやら不穏なことばかりが襲い、荒れ狂う地と人々を治めるのがやっとでございました……!」
 飛空都市における女王候補たちの寝ついた三日間より以前にあの誤った判断による力が送られていたとすると……前回、おまえがエリューシオンに行ったのはパスハからの報告によると五日前。そのときに問題はなかったはずだから、二人が倒れた日の前日からということになる――この地ではすでに数年過ぎているようだ。ただ、女王候補が寝込んだおかげで誤った力が多く送られずに済んだのは、勿怪の幸いといったところか。
 「もう大丈夫。安心して」
 きっぱりとおまえが言うと、民たちから再び歓声が上がった。それにつられて私もほっと小さく一息ついたとき、通信を告げる音が鳴った。
 パスハからだった。
 どうやら、この新宇宙のみならず、我らが宇宙もとりあえずの安泰となったらしい。クラヴィスから報告があり、今しばらく陛下と宇宙の様子をディアともども見守るとのことだった。
 良かった――けれど、どちらにしてももう、限界は近い。女王交替は早急に行われなければならない。
 そうして、新しい女王は――
 私は、足もとに横たわるおまえを見下ろした。そして膝をつき、そっとおまえの右手に触れてみた――先程、魂の姿で神官に差しのべた、その手に。
 どうやら、本当に跪くことになりそうだ――おまえに。
 だがもう良い。むしろそのことに喜びを感じ、光栄にも思う。
 それにしても。
 そうそうこのような硬く冷たい床の上に、いつまでもおまえを置いておくわけにもいくまい――私もまた床に腰を下ろすと、おまえの躰を起こし、後ろからその身を抱き抱えた。すると、やはりまだ熱が高いのか、躰全体が熱い気がした。冷えてしまってはならないと着ているトーガの布を広げて、少しでもおまえの躰を覆うようにしているうち、私は、おまえの躰を抱き締めてしまっていることに気づいた。
 戻ってきたら、悲鳴を上げられそうだ。
 いや、それどころか……殴られそうだ。
 くっ、と私は小さく笑う。
 何を考えているのだ、私は。
 確かに先程、うかつにもおまえの乳房をつかんだり、こうしておまえの躰を抱き締めたりはしているけれど――そう、確かに、おまえの手を握ったときに感じたとおり、おまえの躰は温かく柔らかい――だがそこに、魂はない。だから私には、なんら疚しい気持ちはないのだ。
 そのようなつまらぬことを、ひとり思いながら私は、映像機のほうへ振り返り、おまえが民たちに囲まれ楽しそうに笑っている姿を見てため息をついた。
 どうやらまだ、戻る気はなさそうだ。
 早く、帰ってこい。
 熱を出して寝込んでいたというのに……それに、そういつまでも身と魂とが離れていてはおまえ自身に良くない。
 「アンジェリーク」
 私は、私の腕の中の、おまえの躰に声を出して呼びかけた。
 「早く帰ってこい、アンジェリーク。おまえを誉めてやりたい……」

作品名:天使への遺言 作家名:飛空都市の八月