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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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天使への遺言

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 ふんわりとしたものが鼻先を掠めてゆく気配に、私は目を覚ました。
 覚ましたということはつまり、眠っていたということだ。そして、すぐ目の前で揺れているのは……他でもない、おまえの金色の巻毛だ。
 そこでようやく思い出した。
 私としたことが……おまえを後ろから抱き締めたまま眠ってしまっていたらしい。しかもおまえの魂は、すでにおまえの躰へと戻ってきているようだ。
 私は、身を動かさぬよう目だけをまず周囲に向ける。時間まではわからない。だがまだエリューシオンの上空にいるらしい。
 続いて視線を、そっと真下に向ける。
 目を覚まさなかったことを思えば、おまえが悲鳴を上げたり、ましてや私を殴ったりすることはなかったらしい――いや、それどころか。
 おまえは、おまえの躰の前に回した私の手を、自分の左の手の中に抱え、右の手で指に触れて――いや、そうではない――私の指先にある爪を、そっと何度も撫でていた。
 そして。
 「きれい……」
 そう呟くおまえの声が聞こえるのと同時に、その手が持ち上げられ、私は、これから起こるに違いないことを固唾を呑んで見つめていた。
 おまえが、両方の手で私の手を包み、その指先に口づけている――
 その瞬間、私は気づく。
 おまえの想い――それだけでなく、私自身の想いに。
 気づいて、思わず目を閉じる。
 ……いったい、いつの間に?
 おまえも私も、最初は喧嘩腰だったはずだが?
 そこでふと、クラヴィスと女王陛下のことを思い出した。
 私は同じ轍を踏むのか?
 ――否。
 再び目を開き、私はこの腕の中にいるおまえを見やる。
 私は、おまえが女王になることを嬉しく思う。そして、それを支える守護聖であることを誉れに思う。全身全霊をもって私は、おまえを盛り立てていく。
 故意に、少し肩を動かしてみた。
 とたんにおまえが、私の指先から慌てて唇を離す。見れば、おまえの髪の合間から見える耳が、真っ赤に染まっている。
 愛おしくてたまらない。このまま離したくはないけれど――
 「すまない……眠ってしまったようだ」
 「す、すみません!」私に後ろから抱えられている格好なので、躰ごと振り返ることができないのか、あるいは照れているのか――たぶん後者と思われる――おまえは、そのまま前へ頭を下げつつ叫んだ。「つい、大陸に長居して、ジュリアス様をお待たせしちゃって……!」
 「……良い。民たちは喜んでいたのであろう?」
 「はい」こっくりと、深くおまえは頷く。「やっぱり、大陸のほうは酷い状況だったみたいです。でも全然願いが通じなくて困っていたって」
 「そうか」
 「あ、あの!」
 いきなりおまえが間近で甲高い声を出して叫ぶものだから、少々耳が痛かったが、まあ良しとした。
 「どうした?」
 「あの、ジュリアス様……私……」
 「おまえにしては煮え切らぬな」おまえの気を楽にさせようと私は、軽く笑って言ってみた。「何だ?」
 ところが、おまえのほうは至極真面目な声で答えた。
 「ありがとうございます……私のこと、信じてくださって……すごく嬉しかった」
 そう言うとおまえは、前に回した私の手を、再び両方の手で包み込んだ。先程のおまえの行為を思い出し、内心、私は酷く狼狽したけれど、背後にいたおかげでおまえに顔を見られずに済み、助かった。
 「いや……おまえも、よく頑張ったな」
 ぴくん、とおまえの肩が揺れた。
 「あ……本当……ですか?」
 「私が、嘘をつけぬ質なのはわかっているであろう?」
 「だって、滅多に誉められないから」
 そのような憎まれ口を言いながらも、おまえの耳はまだ赤いままだ。その耳に触れ、唇をあてがいたく――
 ぎょっとした。
 いったい、私は何を……!
 本当に、つい先程まで私には疚しい気持ちなどなかった。なのに、おまえの躰に魂が宿ったとたん、このようなことを考えるなど――
 拙いことになりそうな気がした。
 「……おまえは大役を果たした後で、しかも寝込んでいた身だ。早々に帰らねばな」
 そう言って私が、おまえを抱えていたほうの腕を緩めようとしたけれど、おまえは、より強い力で自分の手の中にあるほうの私の手を閉じ込めた。
 「ま、待ってください!」
 相変わらず顔を見せず、それどころか伏せて、おまえは言う。
 「迷惑なのはわかっています、でも……でも、あともう少し!」
 「あと少し……?」
 問う声に力が入らず、掠れたものになってしまった。
 「あと少し……このままでいさせて……ください」
 おまえと、私の立場を思えば断るべきなのに、私にはできなかった。何故なら……それこそが、私の願いでもあったからだ。
 「……寒くないか」
 「だいじょう……いえ、少し寒い」
 その言葉を合図に、無言のまま後ろから強く抱き締めると、おまえの躰がぶるりと震えた。震えたものの、おまえもまた、声には出さなかった。
 言葉で通じ合うことはなかったが、互いに――少なくとも私は――幸福な時を過ごすことができたと思う。



 けれど。

作品名:天使への遺言 作家名:飛空都市の八月