天使への遺言
「『肝試し』ではないのだな?」
そう言って私は、軽く笑ってみせた。
「は?」
今度はおまえのほうが呆気にとられた顔をしたので、私は少々気分が良くなった。毎度おまえに驚かされてばかりなのだから、今ぐらいは良いだろう――おまえの気分が落ち着き、明るくなるのであれば。
「ち、違いますよ! 何で、せっかく女王になれたご褒美を『肝試し』なんかで使ったりするもんですかっ! そんな、もったいない!」
最後の「もったいない」が力強くて、たまらず私は声を上げて笑ってしまった。おまえは少しふてくされていたようだが、先にさんざん文句を言った手前きまりが悪いのか、黙っている。
「おまえがあまりにもまくし立てるから、てっきり『肝試し』の相手にされたかと思った」
一瞬、だかな。
その私の言葉におまえもまた、勢いはないものの微笑んだ。
「違いますよ……どうしてジュリアス様が『肝試し』なんて言ったのかよくわからないけど」
まさかその話題の際、立ち聞きしていたとも言うわけにはいかないので、私は黙っていたけれど、そう言ったおまえから、よけいな力が抜け落ちていくのがわかって少し安堵した。
「私、最初から『不作法』でしたから」
それが皮切りだった。とつとつとおまえは語り出す。
「なのに、途中からジュリアス様のことが好きになって」
「でも、ジュリアス様が理想に思う『美しさと優しさと賢さを兼ね備えた女性』じゃないから」
「女性としては愛してもらえそうにないなぁって」
やはり、呆気にとられた表情をさせられるのは私のようだ。
私のことを、好きだと言ったか。
いやそれは……好意程度は感じてはいたけれど……「愛して」という言葉に、今更ながら私は、いたく驚いていた。
それにしても……あの、執務室での他愛もない会話のときからすでにおまえは私のことを……?
私の中の混乱など、与り知るところではないとばかりに、おまえは続ける。
「でもおかげさまで女王にはなれそうなので、せめて、ファーストキスだけでもジュリアス様で経験できたらって思って」
そこでふふ、とおまえは笑った――自嘲するが如く。
「もう不作法なのは今に始まったことじゃないから、この際、図々しくねだっちゃえって」
そうして、涙で濡れた瞳をようやく私のほうへ向けた。
「ただ……図々しいにしても、その気もないジュリアス様からキスしてもらうのは、あんまりかなぁと思って」
止まりかけた涙が、またじわりとおまえの瞳からあふれてくる様子が見てとれるが、そのままおまえは続け、私はそのようなおまえを見つめた。
「それで、私からなら、ジュリアス様はじっとしてるだけだし、受けてもらえるかなって……これでもすごく考えて……あの……すみません。困っちゃいますよね、そんなこと言われても」
泣きながら、それでも無理におまえは笑ってみせた。
「でも、私が女王になることのできた記念の良い思い出ってことにしよっかなって……ごめんなさ」
「『記念の良い思い出』か……それは良いかもしれぬな」
「え?」
おまえを見据え、私は切り出す――上手い考えだ。これぐらいなら私とて望んでも良いだろう。
「アンジェリーク、やり直しだ」
「ええっ?」
泣くこともやめておまえは驚いているが、構わず私は続ける。
「先程は許せ。だがおまえも悪い。いきなり言って、いきなり目を瞑れと言われても困る」
「あ、はい……」
心底悪いと思ったのか、しおらしくおまえは頷いた。
「それから」
「はい?」
「いつ私が、おまえのことを『美しさと優しさと賢さを兼ね備えた女性』ではないと申したか?」
「……えええっ!」
先程のしおらしさが一変、いつものおまえに戻って私も嬉しく思う――今では。
「で、でも不作法な女性は苦手って」
「苦手だ」
「う」
「だが、おまえは苦手ではない」
苦手なのかどうなのか、わからなかった頃もあったけれど。
「あの、それって」
ああ、そうだ。
おまえの思っているとおりだ。
だがそれを口に出すわけにはいかない――今の私には。だからせめて、『記念の良い思い出』を望む――おまえの提案に乗る形ではあるにせよ。
「褒美を受け取らないのか?」
「う、う、受け取ります!」
……申したな。
「目は瞑っておくほうが良いか」
「……お願いします……」
消え入りそうな、だが緊張の入り交じった声でおまえは言った。