天使への遺言
目を瞑り――無論、今回も波立つ想いに胸の動悸は治まらずにいたけれど――それでも表面的には落ち着いたふりをして私は、来るべきものを待った。
だが。
いっこうにその気配がない。
私にとってはかなり我慢強く待ったつもりだったが、とりあえず、目を瞑ったままで言ってみた。
「また……『ウソです』とは言わぬだろうな」
「い、言いませんよ!」
即答だ。それは良かった。
「でも」
「……でも?」
「は……鼻が当たっちゃうし、前のめりになったら、何だか滑りそうで」
とうとう私は、堪えきれずに目を開き、珍しく恐縮しているおまえの姿を見て苦笑した。なるほど、私が執務机に腰掛けるように座って脚を前へ突き出している格好になっているので、おまえはそこから前へは踏み出せないらしい。それこそ、私に抱きつくようにしなければ到底私の唇へは届かないだろう。それに、真っ当に向かえば、当然、鼻をぶつけてしまうに違いない。
ならば。
「こうすれば良い」
顔を前に突き出すと私は、それを少し傾けてみせて、おまえに見本を示した。だがそうして見せはしたものの……すんでのところでおまえの唇に接するところだった。私の顔が目前に迫って、おまえが目をむいている。私としたことが……もう少しで本当にしそうになってしまった。
慌てて引こうとしたそのとき。
「……そのまま、してくださっても良かったのに」
そう呟いたおまえの言い草には笑わされた。
「それではおまえの望む褒美にならぬではないか」
「それは……そうですけど」
少しだけ悔しそうな顔をするのが、何とも愛しくておまえを見つめてしまった。そしておまえもまた私を見つめ、囁いた。
「だからジュリアス様……私、美しくもないし賢くもないし優しくもないし」
私も返した。
「だからアンジェリーク……私は、おまえがそうだとはひとことも言っていない」
そう言いつつ私は、ゆっくりと身を引いたが、その代わり、おまえの手を取った。
「おまえは美しく、賢く、優しい……確かに少々不作法だがな」
「ジュリアス……さま」
微かに唇をすぼめて見せたけれど、おまえももはや抵抗することなく、より私の側へと進み出た。
「今このとき、私はおまえのもの」おまえの手の指先に、今は私が口づけつつ言う。「おまえの願い事を叶えるためであれば、私のどこに触れていようと構わぬ、おまえの好きにするがいい」
そう言っておまえの手を解放する。そうするとおまえは、言われるがままに私の腕から肩、そして首へと腕を回して抱きつくようにすると、私の頭を下げさせた。
目を閉じる。
程なくして私の唇に温かなものが触れ、やがて少し強めに押しつけられた。
それは、もどかしくなるほど幼い口づけだった。
けれどそれは、たまらなくなるほど柔らかくて私を蕩かす――