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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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天使への遺言

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 羽根ペンを書机に置いて私は、すぐ脇にある窓を開けた。
 目の前には、石畳の敷き詰められた広場を臨むことができる。
 澄み切った青空と穏やかな陽差しの中、そこには人々が集い、思い思いに過ごしている様子が見てとれた。
 明るく楽しい場所。
 それは、この地を育成した者――民から『天使』様と呼ばれる者――の気質を色濃くうかがせる。
 そう。
 天使――アンジェリーク――が育んだ場所。
 私は今、エリューシオンにいる。



 最初はどこでも良かった。
 とりあえず主星に居を構えるよう手配は依頼していた。だが、あまりにも急にサクリアがなくなり、光の守護聖として新女王陛下たるおまえを盛り立てることしか考えていなかった私には、今後の身の振り方について何の計画も持ち得なかった。そこで、旅でもしてみようかと思いついてエアポートを訪れはしたものの、当然、行きたいと望むところなどなかった。そのようなときに、たまたま「エリューシオン行き」というアナウンスが聞こえてきたので飛び乗っただけだ。
 それにしても、そして、わかってはいたものの、つい先日まで女王候補たちの手で育成の始まったこの地へ向かう便が存在すること自体、驚かされる。そのうえ実際に着いてみると、あのエリューシオンとフェリシアの危機の際、遊星盤から見た素朴な大地はすっかり消え失せて、整備され、舗装された道路や美しい街並みが続いていた。
 どこにももう、あのときの面影はない。
 ……そう思った瞬間、はたと気づいた。
 いったい私は、何を求めてエリューシオンなどに来てしまったのか。
 まさか、おまえの縁<よすが>でも求めて来たのか……だとしたら愚かなことだ。
 とはいえ、戻らなければならない制約など私にはもうないので、ひとまずエアポートで紹介されたホテルへ向かった。
 案内された部屋に入ると、広場が見渡せます、とボーイが紹介して窓を開いた。そして手で指し示しながら「広場を面して向かいが神殿です」と言い、「神官様がいらっしゃいます」と付け加えた。
 ようやく聞き慣れた文言を耳にして、何故か安堵した私は、ああ、と頷いた。
 「多くの人々が参拝にいらっしゃいます。せっかくですからぜひいらしてください」
 とくに何をするという目的もない。渡りに船とばかり、私はその勧めに応じることにした。



 広場は、神殿への道路も兼ねているようで、両脇には喫茶や食堂なども多く立ち並ぶ商店街になっていた。そしてその手前にはさまざまな木々が植えられて木陰をつくり、その脇には小さな噴水もあった。
 ホテルの窓から見たときもそうであったが、こうして降りて歩いてみると、実に多くの人々が各々楽しげに過ごしている。確かに、向かっている先にはいかめしい姿で神殿と呼ばれる建物が存在しているのだが、とくに出入りの規制等されているわけでもなく、歩いていても足元にボールが転がってきたりして、ずいぶんと開放された場所なのだなと思った。
 そのような暢気ともいうべき穏やかな光景に、ようやく荒んだ気分が和み始めたころ――ああ、荒んでいたのかと今さらながら気づきつつ――神殿の前に、少し、人だかりができているのを見つけた。何なのだろうと思って近づいてみて私は、その人だかりの中心にあるものの姿を認識した瞬間、思わず息を呑んで立ち止まってしまった。



 ――アンジェリーク!



 それは、天使像だった。
 しかも、まさにあの、エリューシオンにおいて背に翼をはためかせて空より舞い降りたおまえが、神官に右手を差し出したときの姿のまま、そこに在った。もっとも、舞い降りようとする足の下には、子どもの背丈ほどの台座がついていたけれど。
 呆然として私が見ていると、杖をついた老人が近づいてきて「旅行者の方のようだが」と私に話しかけてきた。
 「あれは大昔、まだこの宇宙にエリューシオンとフェリシアの大陸を擁するこの星しかなかった頃、大いなる厄災が訪れ……」
 その『厄災』とやらを実際に目の当たりしたとも言えず、私は像のほうを見たまま頷いて聞いていた。
 「その危機の際、救ってくださったエリューシオンの天使様の姿を再現したものじゃ。当時の神官様が感激して作らせたんじゃよ……ほれ、可愛らしい御方じゃろ? わしは毎日こうしてここへご挨拶に伺っておる」
 その言葉に老人の方を見ると、まるで孫でも見るように彼は目を細めて像を見ている。その様子に私も、自然と笑んで同じく像を眺めた。
 慕われているのだな、おまえは。
 「ほれ」手で像の方を指し示しつつ老人は話を続ける。「あの差し出された手に触れて願い事を唱えるとかなうと言われているので、ああして並んで皆が……まあもっとも、今時それほど熱心な者はおらんがな」
 確かに、そこに熱狂的、狂信的な雰囲気はなく、それほどの人数がいるわけでもない。それどころか人だかりとはいえ、像の前で若者たちが待ち合わせていたり、家族連れでボール遊びをしていたりして、従来の女王陛下像前の静謐な光景――飛空都市で初めておまえと出会ったときにしてもそうだった――とはあまりにも異なっていた。
 しかも。
 「鳥め!」いきなり持っていた杖を振り上げ、横で老人が叫んだ。「天使様の像に糞を落としたな!」
 見ると、先程までボール遊びをしていた子どもたちや、待ち合わせていたらしい若者たちも気づいて像に水をかけたり、布で拭ったりしている。「天使様、かわいそうー」という間延びした声も聞こえ、私は小さく吹き出してしまった――おまえに叱られるやもしれぬが。
 本当に……慕われているのだな、おまえは。
 それがとても嬉しく、喜ばしくて、私も像の近くまで来た。
 ……なるほど、実に巧みに作られている……あの、私が遊星盤から眺めた光景そのものがここで再現されている。手を差し出しているところまで写実的で、それだけでなく、血の通った肉感すらうかがえる。
 像の前、私も他の人々と同じく一歩踏み出し、その「差し出された手に触れて願い事を唱えるとかなう」と言われる手に触れてみた。
 触れて私は――よろめきながら後ずさりした。
 冷たく、硬い。
 そう感じた瞬間、言い様もないほど激しく逆巻く流れのような想いが私の中を駆けめぐり、そこに立ち、そこに居ることすら耐えられなくなった。なおも像から二三歩、後ずさりして私は、踵を返し、今来た道を一気に駆け出した。
 「……どうなさっ」
 老人が私を見た。
 子どもたちや若者たちも私を見た。
 だが私はもう、この込み上げてくるものに追い立てられてしまい、もはや、なりふりなど構っていられなかった。
作品名:天使への遺言 作家名:飛空都市の八月