天使への遺言
そしてホテルに入り、自分の部屋に駆け込み、中に入って扉を閉めたと同時に、堪えていたものがついに噴き出した。何でもない部屋の床に躓き、よろけた拍子に、それこそ私の執務室でおまえが流し、落としたものと同じ雫の染みが、足元の絨毯に落ちて広がっていく。転ぶことはなかったが、そのまま私は、前屈みになってぎゅっと目をきつく閉じた。閉じたところで溢れ出てくるものをせき止めることはできないし、私自身、それを止めるつもりもなかった。目を開いておくことすらできぬほど痛くなってしまったのだ。涙というものが目に染みて痛みを与えることなど私は、今の今まで知りもしなかった。何故なら私は――
はっ、とした。
私は今まで、これほど泣いたことなど……なかった。これほど悲しい思いを味わったことがなかったからだ。
あのような像の指先に触れたぐらいで、何をしているのだと思う一方で、どうしようもない想い――先程、触れた瞬間に感じた想いに囚われてしまう。
私は知っている。
知ってしまっている――あの手が、おまえが、とても温かで柔らかいことを。
けれど、いくら温かで柔らかくとも、あのとき遊星盤に残された魂のないおまえには何の魅力もない。ましてや、像のおまえなど……比べようもない。
生身の……魂のあるおまえでないとだめだ。
胸が激しく痛む。
今になって気づくとは――おまえを失ってしまったことが、これほど辛く、悲しいことだとは思いもしなかった。そして、これほどまでおまえが私の中に深く入り込んでいるとは――いや、わかっていたのだ、本当は。だがそれを、無意識のうちに感じないようにしていたのだ。
そうやって思いの丈を封じ、抑え込み、知らぬ振りをしていたのだ。
その結果がこれだ。
床に膝をついて、今まさに自分が作った染みを見る。
愚かな私。
身を切られるように辛い。
ふと、クラヴィスのことを思い出す。
はたしてクラヴィスもそうだったのだろうか――あの男なりに。ただし彼は、同じ時を生きるのを辛く思っていた。一方私は、否応なしに異なる時に分かれ、別れてゆく悲しみに思い沈んでゆく。そうやって、少しだけ、あの者のことを理解できたように思うが、今さらいったいそれが何になるというのだろう。
おまえを思う――想う。
私のために泣いてくれたとは……光栄だ。
おまえだけだ。
だが、こうしておまえを思い、情けなくも泣いてしまっている今も、私はおまえが女王になって良かったと思う。私がおまえに関わったことなど、おまえのこれからの人生を思えば瞬きほどのことですらないからだ。おまえが聖地に着いて、そうだな……五日ほども経てば私はもう――この世にはいないだろう。
だが……私を思って泣いてくれたおまえに、せめて遺言でも残しておきたい。
生きて会っている間は、伝えることのできなかった言葉を。