天使への遺言
そのようなことの対象にすらならないほど、私はこの者たちから疎んじられているというわけか。いや、彼らだけではない。他の者たちにしても同様であろう。それはたとえば私と同時期に守護聖になった『あの者』――クラヴィス――にしたところで同じことだ。だがこればかりはしようがない、私は首座だし、そういう憎まれ役を甘んじて受けざるをえないのだから。
そのような思いに私が囚われている間にも、おまえたちの話は進んでいた。
「ほら、あの羽根ペンはどうです?」
おまえの声に、はっとして私は、再びおまえたちの話すことに耳を傾ける。
「エラくかまうじゃねーか、ジュリアスに気でもあンのかよ」
ゼフェルの言葉にぎょっとした。それは思いも寄らない――いや、そうか? 本当に思いも寄らぬことなのか?
「え、そうなの? アンジェリーク?」
「そうなのか? アンジェリーク」
マルセルとランディも問う。
「でも確かにアンジェリークってば、毎日ジュリアス様のところ、通ってるもんね」
「それはね」マルセルの言葉におまえは、全く慌てることなく答える。「私が女王になったら、何でも言うことを聞いてくれるよう約束しているからですよ」
……だから、私自身は約束したつもりではないのだが……まあもうそれは言うまい。
「えええ!」
「アンジェリーク……君ってすごいなぁ……ジュリアス様と、そんな約束ができるなんて」
実に素直にランディが感心している。
「そ、そうですか?」
驚きを含んだおまえの声が聞こえて、再び私は苦笑う。ああ、そうだとも。大した女王候補だ……そういう意味では。
「確かにな」ゼフェルすら感心している。
「でも」少しだけ、おまえの声が高くなる。「最初は私……絶対女王になって跪かせてやるって思って」
私は天ならぬ、図書館の天井を仰ぐ。全く……つまらぬことを申しおって、とおまえに心の中で悪態をつく。
「おっ、それは面白そうだな」
「でもゼフェル」とマルセルが言う。「アンジェリークが女王陛下になったら、ジュリアス様が跪くのは当然だよ」
「そうなんですよね」くす、と小さく笑っておまえは続ける。「ジュリアス様からも言われちゃいました。だから褒美を願うなら他のことにしろって言われたんですよ。で、私、最初のうちは見返してやる!ってつもりでがんばって通ったんですけど」
その言葉に驚いたのは私だった。最初のうちは、ということは、今は異なるとでも言いたいのか?
だが、驚かされる言葉はまだまだ続く。
「すごく親切ですよ、ジュリアス様って。育成のこと全然わかっていない私に、我慢強く教えてくださって」
そのようなこと、会っている間はひとことも申さぬではないか、とここで言っても詮無いことを私は心の中で呟く。
「そりゃ、女王候補が星の育成ができなきゃ、何にもならねーもんな」
「聞けるだけで尊敬するよ……アンジェリーク」マルセルの言葉に私は嘆息する。「僕、ジュリアス様と話すだけで緊張しちゃって、質問するなんてとてもとても」
「わかりやすいですよ。だって私……今、結構、いけてますよね?」
「うん、それはそうだ」ランディが同意する。「育成じゃあ、ロザリアと肩を並べてるって言ってもいい」
それは……私も認める。飛躍的とまではいかないけれど、努力の成果は見られる。
「確かに厳しいですけど、これって、ないがしろにしちゃいけないことですし」
「すごぉい……アンジェリーク」心底感心しきった調子でマルセルが言う。「ジュリアス様に気に入ってもらってるんだねー」
……そうなのか?
我ながら、おまえたちから少し離れた場所で、ひとつひとつの声に語りかける私自身が滑稽ではあるが、改めて聞かされること、気づかされることが多く、私はここから立ち去ることができずにいた。
「いいえ」おまえの声が、少し沈んだ調子に変わった。「私なんか『不作法』だから、むしろ苦手にされてるかも」
やはりそれか。思わず私は目を閉じた。意外と、と言うとおまえに失礼かもしれぬが、意外と、気にしていたのだな。
マルセル、ランディともが口をそろえて「そんなことないよ」となぐさめている。一方、ゼフェルは「なんだ、あいつ、そんなことおまえに言ったのか?」と怒り出す始末だ。
慕われているのだな、おまえは――私と違って。
「だって確かにそうですもの……でも」一瞬、切った後におまえは言った。「マルセル様、本当にそう思います?」
「何?」
「私って、ジュリアス様に気に入ってもらってるって思います?」
「思う」三人の声がそろった。そうなのか?
「そ、そうですか」明らかにおまえの声が弾む。「じゃあ……明日はがんばってまた、行ってみよっかな」
私はまた苦笑する。ただし今度の笑いは少し快いものも含まれている。私も少々現金なところがあるようだ。
潮時だ。
そう思い、立ち去ろうとしたそのとき。
「で、アンジェリーク。もしも女王様になったら、いったい何をジュリアス様にねだるの?」
そういえば、そうだ。最初のうちとは異なる、『今』のおまえの望みは何なのだろう。
「あ、俺も聞きたいな」
「面白そうだな……教えろよ、アンジェリーク」
興味津々らしい彼らに、いったいおまえは何と答えるのだろう。
だが。
「ふふ……ひ・み・つ!」
一斉に非難の声が上がる。だが私は辛うじて声を上げずに笑う。実におまえらしい。
少なくとも……女王試験にあたり、おまえは私を頼りにしてくれているらしい――最初の出会いは最悪であったけれど。そうして、どうやら明日からはまた、賑やかに扉を開いておまえがやってくるのだろうと思うと、私の心もすっきり晴れた。