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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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天使への遺言

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 そのようなことの対象にすらならないほど、私はこの者たちから疎んじられているというわけか。いや、彼らだけではない。他の者たちにしても同様であろう。それはたとえば私と同時期に守護聖になった『あの者』――クラヴィス――にしたところで同じことだ。だがこればかりはしようがない、私は首座だし、そういう憎まれ役を甘んじて受けざるをえないのだから。
 そのような思いに私が囚われている間にも、おまえたちの話は進んでいた。
 「ほら、あの羽根ペンはどうです?」
 おまえの声に、はっとして私は、再びおまえたちの話すことに耳を傾ける。
 「エラくかまうじゃねーか、ジュリアスに気でもあンのかよ」
 ゼフェルの言葉にぎょっとした。それは思いも寄らない――いや、そうか? 本当に思いも寄らぬことなのか?
 「え、そうなの? アンジェリーク?」
 「そうなのか? アンジェリーク」
 マルセルとランディも問う。
 「でも確かにアンジェリークってば、毎日ジュリアス様のところ、通ってるもんね」
 「それはね」マルセルの言葉におまえは、全く慌てることなく答える。「私が女王になったら、何でも言うことを聞いてくれるよう約束しているからですよ」
 ……だから、私自身は約束したつもりではないのだが……まあもうそれは言うまい。
 「えええ!」
 「アンジェリーク……君ってすごいなぁ……ジュリアス様と、そんな約束ができるなんて」
 実に素直にランディが感心している。
 「そ、そうですか?」
 驚きを含んだおまえの声が聞こえて、再び私は苦笑う。ああ、そうだとも。大した女王候補だ……そういう意味では。
 「確かにな」ゼフェルすら感心している。
 「でも」少しだけ、おまえの声が高くなる。「最初は私……絶対女王になって跪かせてやるって思って」
 私は天ならぬ、図書館の天井を仰ぐ。全く……つまらぬことを申しおって、とおまえに心の中で悪態をつく。
 「おっ、それは面白そうだな」
 「でもゼフェル」とマルセルが言う。「アンジェリークが女王陛下になったら、ジュリアス様が跪くのは当然だよ」
 「そうなんですよね」くす、と小さく笑っておまえは続ける。「ジュリアス様からも言われちゃいました。だから褒美を願うなら他のことにしろって言われたんですよ。で、私、最初のうちは見返してやる!ってつもりでがんばって通ったんですけど」
 その言葉に驚いたのは私だった。最初のうちは、ということは、今は異なるとでも言いたいのか?
 だが、驚かされる言葉はまだまだ続く。
 「すごく親切ですよ、ジュリアス様って。育成のこと全然わかっていない私に、我慢強く教えてくださって」
 そのようなこと、会っている間はひとことも申さぬではないか、とここで言っても詮無いことを私は心の中で呟く。
 「そりゃ、女王候補が星の育成ができなきゃ、何にもならねーもんな」
 「聞けるだけで尊敬するよ……アンジェリーク」マルセルの言葉に私は嘆息する。「僕、ジュリアス様と話すだけで緊張しちゃって、質問するなんてとてもとても」
 「わかりやすいですよ。だって私……今、結構、いけてますよね?」
 「うん、それはそうだ」ランディが同意する。「育成じゃあ、ロザリアと肩を並べてるって言ってもいい」
 それは……私も認める。飛躍的とまではいかないけれど、努力の成果は見られる。
 「確かに厳しいですけど、これって、ないがしろにしちゃいけないことですし」
 「すごぉい……アンジェリーク」心底感心しきった調子でマルセルが言う。「ジュリアス様に気に入ってもらってるんだねー」
 ……そうなのか?
 我ながら、おまえたちから少し離れた場所で、ひとつひとつの声に語りかける私自身が滑稽ではあるが、改めて聞かされること、気づかされることが多く、私はここから立ち去ることができずにいた。
 「いいえ」おまえの声が、少し沈んだ調子に変わった。「私なんか『不作法』だから、むしろ苦手にされてるかも」
 やはりそれか。思わず私は目を閉じた。意外と、と言うとおまえに失礼かもしれぬが、意外と、気にしていたのだな。
 マルセル、ランディともが口をそろえて「そんなことないよ」となぐさめている。一方、ゼフェルは「なんだ、あいつ、そんなことおまえに言ったのか?」と怒り出す始末だ。
 慕われているのだな、おまえは――私と違って。
 「だって確かにそうですもの……でも」一瞬、切った後におまえは言った。「マルセル様、本当にそう思います?」
 「何?」
 「私って、ジュリアス様に気に入ってもらってるって思います?」
 「思う」三人の声がそろった。そうなのか?
 「そ、そうですか」明らかにおまえの声が弾む。「じゃあ……明日はがんばってまた、行ってみよっかな」
 私はまた苦笑する。ただし今度の笑いは少し快いものも含まれている。私も少々現金なところがあるようだ。
 潮時だ。
 そう思い、立ち去ろうとしたそのとき。
 「で、アンジェリーク。もしも女王様になったら、いったい何をジュリアス様にねだるの?」
 そういえば、そうだ。最初のうちとは異なる、『今』のおまえの望みは何なのだろう。
 「あ、俺も聞きたいな」
 「面白そうだな……教えろよ、アンジェリーク」
 興味津々らしい彼らに、いったいおまえは何と答えるのだろう。
 だが。
 「ふふ……ひ・み・つ!」
 一斉に非難の声が上がる。だが私は辛うじて声を上げずに笑う。実におまえらしい。
 少なくとも……女王試験にあたり、おまえは私を頼りにしてくれているらしい――最初の出会いは最悪であったけれど。そうして、どうやら明日からはまた、賑やかに扉を開いておまえがやってくるのだろうと思うと、私の心もすっきり晴れた。

作品名:天使への遺言 作家名:飛空都市の八月