天使への遺言
◆3
私は、王立研究院にいてパスハから報告を受けていた。それというのも、女王候補たちによる育成が止まってしまってから三日経っていたからだ。そして育成停止の原因は、二人同時に体調を崩し、とくにロザリアは高熱を出して伏せってしまっていることによる。おまえにしても辛うじて昨日午前の育成依頼には来ていたが、その後、私のもとへ来ることはなかった。
同時に具合を悪くしたため、二人共々夜更かしなど体調管理を怠るようなことをしでかしたか寮監に問い質したが、各々いつものように過ごしていたとのことだった。あるいは、食中毒や感染症等疑わしい事柄について徹底した調査も行われたが、問題はなかった。そのため、女王試験の疲れが一気に出たのではないかということになったけれど、それはさほど説得力のあるものではない。
一方、新宇宙の二人が育成する大陸は、育成が止まっているとはいえ数値上さほど悪い状況にはなく、王立研究院では静観しているとのことだった。
だが、先の事柄といい、私には気になることが多すぎる。
実はここに来る前、クラヴィスとすれ違った。そう――クラヴィスが私より先にここへ来ていたのだ。あの、滅多に動かぬ者が足を運んだこと自体、非常に珍しく、私の心をざわつかせた。
私たちは長く守護聖を務めている。それゆえ、いくら数値で表れることがなくとも、感じることは多々ある。とくにクラヴィスはその感覚が鋭敏な質であることは、もう親しく接することのない――そう、『あのこと』以来、親しくはない――私とて理解している。
もっとも、クラヴィスとて具体的に何がどうなっているのか、わかっているわけではないようだった。感覚と、そして長年の勘のみのこと。それでも立ち去り際、私に向かい、ぼそりと言った――「用心したほうが良い」と。
いっそ私自ら、二人の女王候補が育成する大陸へ出向こうかと思った。ただ、私では、自分の力――「誇り」をもたらす光の力以外、判断できない。それに、私だけでなく各守護聖がぞろぞろと出向いて自身の力を確認したところで、与えることはかなわない。女王――こちらでは女王候補たちによる采配があってこそ、育成が成り立つのだ。
パスハもまた、戸惑っているようだった。クラヴィスに続き私が訪れたことで、王立研究院の責任者としてより、古来より占いの力に長けた者を多く輩出している竜族としての感覚も働いたらしい。
「よろしければ、私が行って」
そうパスハが私に持ちかけたときだった。背後よりバタバタと、慌ただしい足音が聞こえた。
「パスハさん! 遊星盤を出して!!」
それは、おまえだった。
頬を真っ赤にして息を弾ませ、そう叫んだところでよろめき、辛うじて後ろから追いかけてきた女官――女王候補たちの寮監によって支えられた。
「アンジェリーク、あなた、熱があるんだからおやめなさい!」
「行かせて……いいえ、行きます!」
寮監を両手でもって押しのけるとおまえは、私とパスハのもとへふらつきながらもたどり着き、二人の腕をガッとつかんだ。その指先の熱さに私たちは思わず顔を合わせ、同時に両方からおまえを支えた。
「行かなきゃならないんです、行かせてください、パスハさん……ジュリアス様……」
一瞥しただけで、おまえが高熱を出していることは私にもわかった。目が潤み、頬の赤さが尋常ではないし、唇は熱でかさついている。
「行ってあげなきゃ……!」
「だがアンジェリーク、このような状態では」パスハがそう言って私の顔を見る。
「何故そう思うか、アンジェリーク」
パスハに手を引くよう目で示すと私は、おまえの両肩をつかんで支え、問うた。
「酷く……胸騒ぎがするの、エリューシオンだけじゃなく……フェリシアも……」
まさに、熱による譫言のようにおまえは言葉を並べる。
「だか……ら、行かせて……」そう言って私を見上げたおまえは、唇を噛んだ後、こう言い放った。「ジュリアス様、言ったじゃない……『おまえだけを必要とする者がいるやもしれぬ』って……!」
私とおまえにとってそれは、もはや不文律と言って良いものだった。私の意思に関わらず、おまえをすくい上げ、おまえの矜持ともなったに違いない、その言葉。
「今、まさにそうやもしれぬ、と言いたいのだな?」
こくり、と深くおまえは頷いた。
「……わかった」
「ジュリアス様!」
パスハと寮監の女性の両人が叫ぶ。
「アンジェリークを行かせるが良い……ただし」
願いが叶い、少しだけ表情を緩めたおまえに、私は告げる。
「私も行く。このような状態の女王候補を、ひとりで遊星盤へ乗せるわけにはいかぬ」
一瞬の困惑の後――おまえは、ふわりと笑った。