黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 19
ロビン達は少し訝しんでいたが、時は長くないため、すぐに修行に戻る。
「あの、ヒナさん。一体どうしたのですか?」
恐らく、いや確実に自分のことであろうと思い、イワンは訊ねる。
「うん? ああ、イワンの今後の修行法を思い付いたのよ」
「修行法……、それは一体?」
「相手の考えを読んで、本心を的確に当てるためのものよ」
ヒナの考えついた策とは、『ブレイン・コネクト』の脆弱性をなくすためものであった。
大雨で激流と化した水の如く、様々で大量の思考をぶつけてくる相手の本心を得る際、流れ込む思考を一つ一つ摘んでいては、イワンという堤防は決壊してしまう。
堤防に流れ着く前に、水を防ぐ何かがなければならない。つまりは、激流のほんの一部を受けるため、その前に堤防をもう一つ作る必要があった。
「……言ってることは分からなくはないですが、つまり、何をすれば?」
あまりに抽象的で、具体性のない言葉に、イワンは本意を訊ねる。
「ごめんなさい、確かに例えが長すぎたわね。要するにイワン、あなたには的確な考えだけを読めるようになってほしいのよ。堤防の例え方より、篩いにかける例えの方が分かりやすいかしら?」
「ふるい、ですか……」
イワンは、自分なりに想像してみた。
固まった土塊や小石、塵などが混じった砂を、サラサラな砂へと変えるのに篩いはよく使われる物である。
「篩い、篩い……。ああ、そうか!」
察しのいいイワンは、篩いの例えの意味が分かった。
自身の脳内に流れ込んでくる、相手の思考は大小さまざまで、塵が混じっていても何ら不思議でない。
ろくに考えもせずに、襲いかかってくるような者の思考など、ふるいにかけるまでもなく、ましてやエナジーを使うまでもない。
しかし、シンやヒナのような強者の思考は、石や塵が大量に混ざり合った、山盛りの砂に等しいものである。
彼らの思考の真意は、ふるいにかけられた後の、サラサラの砂にこそあり、大量の土から綺麗な砂という思考を読み取るには、イワンがどれほど『ブレイン・コネクト』という篩いを使いこなせるか。これが思考の根元を読み取れるかどうか必要なことだった。
「……つまり、こういう事ですよね?」
イワンは考え付いた事の答え合わせをヒナに求めた。
「残念。まだ合格点じゃないわ」
ヒナの回答は、イワンの考えにまだ不備があるというものだった。
イワンは思わず、えっ、と声を上げてしまう。
「堤防の例えでも話したけど、もう一つ必要なのよ。堤防だろうが、篩いだろうがね……」
ヒナはまた例え話を始めた。
洪水の如く押し寄せてくる水を、一つ目の堤防は破壊されること前提で止め、勢力の削がれた水を、今度は本命の堤防で阻止する。
篩いの例えであれば、目の粗い篩いで粗方の塵を取り除き、その後更に、目の細かい篩いで砂をより細かな物にする。
「……今言ったように、二段構えじゃなきゃ、本心は読み取れない。そしてその二段目って言うのが、イワン。あなたの事よ」
イワンは全てに理解が及んでいた。
そうした前段階のものを用意し、ある程度絞り込んだ後であれば、間違いなく考えは読みやすくなる。
そうなれば、必要となるのは、第一段階の壁である。
「イワン、あのエナジーって、あたしの考えは全部筒抜けなのよね?」
ヒナは自らの頭に、指先を当てながら確認した。
「はい」
イワンは頷いた。それと同時に、読み取れる範囲は、相手の思考に止まらず、深層心理、脊髄反射と、神経そのものを読めることを伝える。
「なるほどね。それじゃあ読めることのほとんどは塵ね……」
ヒナはあっさりと言い切った。
「塵って、深層心理ですよ? 一番相手が何をしようか考える場所じゃないんですか?」
「深層心理は無意識の域、つまり、その人が何とかしようとしてもなんともならないのよ。戦いに全く関係ない事が満ちているのがほとんどよ」
ヒナが言うには、深層心理こそ真っ先に篩いにかけられるべき存在であるとのことだった。
更に、思考も塵であると言い放った。
「思考が塵だなんて、そんな事……!」
いきり立つイワンの鼻先に、ヒナは人差し指を突き立てた。
「よく考えなさい。エナジーが無くたって、刃物でもなんでも持って向かってくる敵は、攻撃するつもり満々だって分かるでしょう? そんなのに無駄なエナジーは使う必要なんか無いわよ」
至極まっとうな意見に、イワンは言葉に詰まってしまった。
そのような者の無意識の域まで読んでいては、エナジーを無駄遣いするだけでなく、その間に斬りつけられてしまうであろう。
「これで分かったでしょ? エナジーで読む必要があるのは、相手が頭で考えてることだけ。深層心理なんて忘れちゃいなさい」
「……ですが、『ブレイン・コネクト』を使うと、相手の思考はめちゃくちゃに混ざってボクに伝わってくるんです。一体どうすれば……」
ヒナは両手を広げ、ため息をついた。
「勘が鈍いわね……。いえ、良すぎるから深く考えちゃうのかしら? いいこと、そこで使うのが、二段構えの『ブレイン・コネクト』、塵を分ける篩いを作るのよ」
イワンには、その考え自体はすぐに頭に浮かんでいた。しかし、どのようにすれば、思考を分ける、篩いを作れるのか分からなかった。
「ヒナさん。どうすれば、その篩いを作れるのでしょうか?」
ヒナは、とても短く告げる。
「簡単よ。塵の思考を、あなたの頭に流れないようにするだけよ」
全く簡単なことではなかった。
「……ですから、その方法を……」
「ちょっとでも場にそぐわない考えを感じたら、突き返しなさい。こればっかりは慣れるしかないわ」
ヒナは至極簡単に伝えると、自身のこめかみに指を当てる。
「イワン、もう一度『ブレイン・コネクト』よ。あっ、電気の輪っかは出さないで、自分で余計な思考をしてしまうことになるから。その力は後でも十分修行できるわ。今は余計な考えを防ぐ練習をしましょう」
当面のイワンの修行は、相手の考えを絞り込めるようになるためのものとなった。かける為の篩いを作るのである。
「分かりました……」
イワンは促されるままに、エナジーを発動する。
『ブレイン・コネクト』
イワンはヒナへ指差し、指先から光線を放った。その瞬間、ヒナの思考が流れ込んでくる。
「う、うわっ!?」
イワンは突如として、流れ込んできた大量の思考に驚き、思わずエナジーを止めてしまった。
「止めちゃだめじゃない……」
ヒナの考えは、とてつもない量のみならず、範囲も多岐にわたった。
戦闘に関するものに止まらず、彼女の知っていること、これまでの生活の思い出や、知識の詳細な内容等、一つ一つ確認してはいられない思考であった。
「す、すいません。つい……」
驚かない方が不思議なほどの、大量の思考を前にしても、イワンはすぐに冷静さを取り戻す。
これは最早、滝の如く押し寄せてくる水をも超える、津波のような思考の量であった。
「いい? これから色んな事を考えるから、攻め手に関すること以外は捨て置きなさい。安心して、本当に攻撃したりはしないから。あたしがどこかを攻めたい、っていう考えだけを受けるのよ」
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 19 作家名:綾田宗