黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 19
「ジャスミン、オレに一つ考えがある。お前の心の奥底にあるはずの破壊衝動、殺意の念を、オレの術で表に強く出すんだ。体の方は、あのエナジーがでた時点で十分強くなってるからもう鍛えない。優しすぎる心を、少し荒ぶらせる」
ジャスミンは、ぽかんとしたまま、シンを見つめている。
「……そんなことが、本当にできる、の? 仮にできたとして、私はどうなるの?」
「さてな、お前の破壊衝動は、心のそうとう奥にあるだろうからな。理性を振り払わなきゃ駄目だろう。つまりだ。オレが術を施したら、お前はしばらくの間、理性をなくし、あらゆるものを壊そうとするだろうな。もちろん、対象はこのオレにも向く……」
ジャスミンは絶句した。
シンによれば、彼より術を施されれば、例のエナジーは本当の使い方ができるようだった。しかし、それは同時に、シンの身を危険にさらすことに違いなかった。
ジャスミンは、自分の力を熟知しているからこそ、このような危険な提案に賛成することなどできなかった。
「そんなのダメよ、私の力の大きさは、私自身がよく分かってる。だから、シンが危険になるようなことは絶対にしたくない……!」
ジャスミンの必死の訴えに、シンは不意に小さく笑う。
「ふっ、自信過剰だな。まさか、このオレを倒せると思っているのか……、とカッコつけたいところだが、今回はお前の言う通りだ。あの炎を変幻自在に操れるようになれば、お前はオレを超えられる。オレの目には、そう見えるんだ」
「だったら、やっぱり……!」
シンは不意に、ジャスミンに手のひらを向け、目を真っ直ぐに合わせた。
「もちろん、オレだって負けるつもりはねえよ。お前を超えることで、オレは強くなる!」
シンの目が妖しく輝く。
『催術・覚醒!』
シンは、瞳を見た者の闘争心を引き出す術を発動した。
「ううぐ……! ……シン、ダメ、逃げ、て……!」
不意を突かれ、見事術にかかったジャスミンであったが、残った僅かな理性でシンを助けようとした。
しかし、すぐに理性はなくなり、シンに向くジャスミンの目は光のない、一見無気力な、しかし殺意に満ちたものとなる。
シンの術は上手く行った。後は術が切れる三日後まで生き延びることが、シンに課せられた修行であった。
『プロミネンス・ファイナル!』
あらゆるものに終焉を与える炎を、ジャスミンは引き起こした。
「行くぜジャスミン、命を懸けた鬼ごっこだ!」
シンはジャスミンの攻撃から逃れるべく、縮地法で一瞬にして姿を消すのだった。
※※※
もとより崩壊していた島であったが、ジャスミンの秘めたる炎の力によって、エゾ島は更に瓦礫に包まれていった。
「ハア……ハア……」
シンは岩の陰で、息を切らしていた。もう三日三晩休息などとっていない。シンが施した術によって、殺意の塊と化したジャスミンから逃げ続けている。
潜在していた力を発揮したジャスミンの戦闘能力はものすごく、シンが忍の技にて気配を消していても、どれほど殺しても出てしまう僅かな息づかいを聞きつけ、ジャスミンはシンを灰にすべく飛んでくるのだ。
シンはこの三日間、一度としてジャスミンと交戦していない。ただひたすらに逃げているのである。これは、ある目的のため行っていることだった。
「ハア……ハア……、くっ……!」
シンはひどい目眩に襲われた。それも当然のことである。休息を取るどころか、満足に食事もしていない状態であった。水も、塒の洞窟にある地下水以外は飲めるものではなく、喉の渇きは、空腹や疲労感よりもずっと酷かった。
シンは、常にエナジーを放出し続ける、ジャスミンの気配が遠いのを確認し、懐から携帯食を取り出し、いくつか口に放り込んだ。
噛み砕けば口が渇いてしまう、故にそのまま飲み込もうとした。
「っう! げほごほ……!」
喉が渇いた状態では、人差し指の爪ほどの大きさの粒を簡単に飲み込めるはずもなく、シンはむせかえってしまった。
それでも、喉元を押さえながら、シンはどうにか飲み込むことができた。
「はあ……、死ぬかと思ったぜ……」
味は最低であるが、この携帯食の滋養強壮効果は絶大であり、効果はすぐさま表れた。
突然、シンははっ、と背後に迫る敵意に気がついた。
「グルルル……」
そこにいたのは大きな熊のような魔物であり、シンを喰らうべく、もう手の届く位置にそれはいた。携帯食を喉に詰まらせて一瞬意識が周りから外れ、気がつくことができなかったのだ。
「くそっ、オレとしたことが……!」
体力が僅かに回復したとはいえ、シンは普段のような反撃ができなかった。魔物の爪は襲いかかってくる。
「……みぃつけた……」
「グルアアア……!」
突如、熊の魔物は断末魔を上げ、絶命して腹這いに倒れた。その死骸の背中には、焼き切られたような傷跡ができている。
そして、魔物の死骸の後ろに立っていたのは。
「ジャスミン……!」
殺意、破壊衝動の塊。
炎をマントのように身に纏い、魔物を焼き切ったと思われる、高熱の刃を手に持った、ジャスミンが不気味な笑みを浮かべ立っていた。
「……もえなさい……!」
ジャスミンは刃を、メラメラと燃え盛る炎の姿に変え、シンに向かって放り投げた。
「甘い!」
当然、易々と焼かれるシンではなかった。その場から跳躍し、後方に大きく下がる。
しかし、思考が甘かったのは、シンの方だと着地して気づいた。
ジャスミンは纏う、炎のマントの裾の先端を、先ほどまで手にしていた刃のごとく変化させ、それを靡かせた。
「……いやあっ!」
「ぐうっ……!」
シンはとっさに剣を抜き放ち、防御したが、炎に腕を焼かれてしまった。鋭い火傷の痛みに、思わず気絶しそうになる。
「アハハハ……!」
理性が欠落し、破壊衝動で動くジャスミンは最早、殺戮を遊びとして戯れる、子供のような存在と化している。
彼女にとって破壊は至高の娯楽であり、その笑い声は、無邪気な子供のそれと同じであった。
しかし、聞く者からすれば、得体の知れない恐怖が湧き上がるものだった。
ジャスミンは恐ろしい笑い声を上げながら空中に飛び上がると、炎をマントから翼に変え、高温の羽根をシンに向けて撃ち出した。
数多の火炎の羽根は、とても回避できるものではなかった。シンは腕の痛みに顔を歪めながらも、襲いかかる羽根から目を背けない。
回避は不能、防御もしたところで、羽根の炎に焼かれることになる。
「くっ……!」
シンはエナジーで迎撃しようと考え羽根に手を向けたが、その手を下ろしてしまった。
シンはジャスミンに術を施した時から、一切のエナジーを自ら禁じ手とした。それは、自らの身体能力を極限まで上げる、という彼の修行の目的によるものだった。
しかし、今はもうエナジーに頼るしかない。エナジーを使用しない限り、迫り来る業火の羽根から身を守るすべはない。
「アハハハ……、もえちゃえー!」
空中からは、破壊を楽しむジャスミンの笑い声が届いた。
最早シンは、焼き尽くされるほかない状態になっていた。
その時、シンに変化が起きた。
作品名:黄金の太陽THE LEGEND OF SOL 19 作家名:綾田宗