あゆと当麻~嵐のdestiny~
白炎が湖の浅瀬にばしゃばしゃと入ったかと思うと岸でぶるぶると体を振る。
水飛沫がかかって亜由美がおおはしゃぎする。
なんのてらいもなく光り輝くような笑顔を振り撒いていて当麻はやや不機嫌になる。
「笑顔の大安売りしやがって」
ぼそり、と当麻が呟く。
以前の亜由美は人見知りをしてこんな風に誰にでも笑いかけることは無かった。それは裏を返せば当麻にだけ見せた笑顔だったのだ。それなのに、今では箸が転げてもおかしいと言った風に一日中笑い転げている。当麻しか見られない特別な笑顔をも今は誰のものでもあるという事実が当麻をどこか悔しい思いにさせていた。このメンバーで亜由美のことを誰よりも知っているのは自分だと思うからだ。
今まで二人の関係だけがあったのに今はそのまわりにたくさんの糸がくっついていてなんだか嫌だったのだ。妬いているということはまだ当麻も自覚していなかったが、あまりいい思いはしないということは自覚していた。
白炎が再び湖に入って亜由美がうれしそうに続く。純を手招きして呼び寄せるとばしゃりと水をひっかける。
「おねえちゃん、やったな〜」
純も負けじとばかりに水を引っ掛ける。
小さく悲鳴を上げながら亜由美はまた水をひっかける。
白炎が派手に動いて水飛沫をわざとかける。
二人と一匹はいつまでたっても水遊びをやめない。
自分でも気がつかないうちにいらいらとしていた当麻はずんずんと近くまで歩み寄ると声をかける。
「二人ともいいかげんやめないと風邪をひくぞ」
亜由美と純は顔を見合わせると大人しく近寄ってくる。
が、いきなり二人は当麻に水をひっかける。
「お前ら〜。よくも俺に水をかけたな〜」
「水も滴るいい男ってね」
うれしそうに亜由美に笑いかけられた当麻は不機嫌だったのも忘れてズボンとそでをまくると湖の浅瀬に入る。
二人に近寄って思いっきり水をかける。
きゃぁ、と亜由美が楽しそうな声を上げる。興にのった当麻がさらに水を引っ掛ける。
負けじと亜由美と純も応戦するがうまいぐあいによけられて直撃というわけにはいかない。
「よぉ〜し。今度は白炎も相手だぞ。白炎」
純が名を呼ぶといわれていることを理解しているかのように白炎も派手な動きをする。
二人と一匹対当麻という図式になって水遊びに興じる。
流石に当麻もびしょぬれになる。
久々に当麻が笑い声を上げる。
わぁ、と純が声上げて当麻が苦笑いをする。
「俺が笑うとおかしいか?」
ううん、と純が元気良く首を振る。
「笑っている当麻兄ちゃんって僕、とっても好きだよ」
素直に好意を打ち明けられて当麻がやや照れたような顔つきになる。
「私も羽柴さんの笑った時、とっても好きだな」
亜由美が無邪気に言って当麻の頬がほんのりピンク色に染まる。
「いいかげん、あがるぞ。皆して水浸しじゃ、伸にお小言言われるぞ。覚悟しろよ」
当麻は顔を隠す様にして身を翻すと岸へあがってしまう。
ええーっ、と亜由美が抗議の声を上げる。
「早く上がって家へ戻る。着替えないと風邪を引く」
有無を言わさぬ様に当麻が言ってしぶしぶといった様子で亜由美が岸へ戻る。
戻る直前にしっかりと当麻に水をかける。
「お前っ」
声を上げる当麻を横目に亜由美は楽しそうな顔をしてすり抜ける。
「僕がやろうと思っていたのに先越されちゃった」
残念そうに純が言って岸に戻る。その純の後を着いて白炎も戻ると派手に体をぶるるんと震わす。
「白炎みたいに乾かせれば僕達も楽なのにな」
純が言って亜由美が笑う。
「こんな暑い夏に毛皮着てたら暑苦しいと思いますけど?」
亜由美は純でさえ、敬語を使う。
「それはかなり嫌かも」
純が困った様に言って亜由美はまた笑う。
「しゃべっていないで帰るぞ」
いつまでも立ち話をしていそうな純と亜由美を促すと当麻が歩き出す。三人と一匹が庭へたどり着くとちょうど秀と殺陣の練習をしていた伸が慌てて近づいてくる。
「一体、どうしたんだい? 皆、ずぶぬれじゃないか」
「悪いな。伸、中へ入って4枚バスタオルか何か持ってきてくれないか? それから白炎の足拭きマットも」
わかってるよ、と伸が言って中へ急いでいく。部屋に入ったところでくるりと振り向いて言う。
「僕が何か持ってくるまで入らないでよ。家中、水浸しになっちゃうからね。絨毯がどろどろになる」
ぷりぷりと怒ったように伸が言って部屋に入っていく。
ほらな、と当麻が亜由美と純を見る。
「伸のお小言が落ちたろう?」
純が大人っぽい仕草で肩をすくめる。伸がよくやる仕草だ。
「しかたないよ。子供は怒られるのを覚悟で遊ばないといけないんだよ」
俺をいっしょに子供にしないでくれ、と嫌そうに当麻が言って亜由美がころころと笑う。
「ひっでー、カッコだぜ。服着て泳いでいたのか?」
秀がとんでもないやつらだ、といわんばかりに言う。
「水遊びしてただけだよ。ねー?、白炎」
純が同意を求めると白炎もぐるぐるとのどを鳴らして同意する。
伸が急いでやってきてそれぞれにバスタタオルを渡す。
それぞれがバスタオルで体をふく。
あらかた水分をとったところで伸の入室許可が出る。
純と亜由美はまだ遊び足りないと言ったかのように中へ飛びこんでいく。
やれやれ、と当麻がぼやいて中へ入る。
「当麻、あゆ、純。ちゃんと服着替えるんだよ」
伸の声を後ろに聞きながら亜由美と純は元気良く返事をする。当麻は答える様に片手を上げて仕草で答えた。
「くしゅん」
亜由美がかわいらしいくしゃみをした。
当麻が気遣わしげな視線を向けると亜由美は続けさまにまたくしゃみをする。
「しっかり髪を乾かさなかったらから風邪でもひいたんだろう? あれだけしっかり乾かせと言ったのに」
当麻が不満げに言う。
部屋に戻って着替えた亜由美はバスタオルを頭に乗せて出てきた。
目ざとくそれを当麻が見つけて注意したのだが、亜由美はお情け程度に髪を拭くとすぐに止めてしまった。何度当麻は自分で乾かしてやろうかと思ったぐらいだ。
夕食の後、メインリビングでくつろいでいると亜由美がくしゃみを連発したのだ。
当麻が親切にもティッシュを渡してやるとちーんとかわいらしく鼻をかむ。が、またくしゃみが飛び出る。
見かねて当麻は立ちあがると亜由美に告げる。
「風邪薬を探してくるから待っていろ」
言うだけ言って当麻は風邪薬を探しに出かけた。
彼らは元気一杯の医者要らずのトルーパー達だから薬などその辺にころがってはいない。風邪薬を探し出すのに一苦労した。
ようやく手にして戻った当麻は固まった。
なんと亜由美が遼を呼び捨てにしたのだ。やや気恥ずかしそうに。だが、しっかりと呼び捨てにしたのだ。今までたまっていた不満が一気に噴き出した。
気付いたとき、当麻は風邪薬の箱をぽいっと放り投げると亜由美の手をむんずとつかまえて台所へ連れていった。
「なんで遼が呼び捨てなんだ。許婚の俺がさんづけなのに。お前が記憶を失う前はこの俺でさえ『当麻君』だったんだぞ」
当麻はきつく言った。
亜由美は戸惑った顔を見せた。いつも「当麻君」と呼べと言っていた様子とは大きく違っていた。あまりの剣幕に戸惑って亜由美は黙ってしまう。
「頼むから、俺のことだけでも思い出してくれ!」
作品名:あゆと当麻~嵐のdestiny~ 作家名:綾瀬しずか