あゆと当麻~嵐のdestiny~
当麻は亜由美の肩に手をかけて声を荒げていた。
自分と亜由美の間に培われていたものが取り戻せなくて当麻はいらだっていた。その気持ちが強い不満となって表にでてしまう。
亜由美の瞳に申し訳なさそうな、それでいて傷ついた表情が浮かんだ。
当麻はいきなり冷や水をかけられたような錯覚を覚えた。手がはたりと落ちる。
そのまま当麻はなんと言っていいのか分からず、立ち尽くした。
二人の間に気まずい空気が流れる。
唐突に伸の声が二人の間に落ちた。
「僕の聖域で女の子をいじめないでほしな」
伸が彼、独特の毒の入った口調で言うと亜由美を促して皆の元へ連れ戻す。当麻はしぶしぶ後を追う。
メインリビングで伸がさりげなく亜由美の肩に手を回しているのを見た当麻はつかつかと歩み寄ると伸の手から亜由美を奪っていた。自分の方に引き寄せてしっかりと手を回すと当麻は宣言した。
「こいつは俺んのだ」
言いながら当麻は自分の気持をようやく自覚した。
俺はこいつの事が好きなんだ、と。
自分に恋愛感情などあるか疑問だったが、今の自分はまさしく亜由美を好いている。友人でも妹分でも後輩でも親戚でもなく好いていた。この不思議な気持ちが恋愛感情なのだろうと当麻は心の中で分析していた。
珍しく当麻が感情的になり、しかも亜由美は自分のものだと宣言して伸を始め、周りのものは動きを止めた。
当麻は皆を見据えて付け加える。
「言っておくが、こいつは誰のものでもない。俺のもんだ」
しっかり区切る様にして当麻が言う。
誰もがなんと返事をしてよいのか分からず困った瞬間、亜由美が派手なくしゃみをした。 続けさまに二回する。
はっとして当麻が亜由美の額に手をやる。
「お前っ。熱あるぞ。伸、体温計どこだ?」
当麻が明らかに慌てて伸に尋ねる。
はじかれたようにして伸が体温計を取りに行って戻ってくる。
体温計を計って見た当麻はさらに顔色を悪くした。
「37度3分もあるぞっ。とっとと風邪薬飲んで寝ろっ」
あまりの慌てぶりに亜由美が笑い出す。
「7度3分だなんて、たいしたことないじゃない」
「お前っ、熱が脳に与える影響を知らんのかっ? これ以上物忘れが激しくなったらどうするんだっっ?!」
ナスティが持ってきた水で亜由美は風邪薬を飲む。そしてころころとおかしそうに笑う。
「羽柴さんの方が風邪ひいてるみたい」
それを聞いた当麻は亜由美に近づくとひょいっと体を肩にかつぎあげる。
「お前が、その気ならこっちにも手があるぞ。明日は朝一で病院だ」
言って当麻はじたばた抗議する亜由美を部屋に連れていく。
二人が部屋に入るのを周りの者はあっけに取られて見つめる。
「当麻って本当はあゆにめちゃくちゃ惚れてんじゃねーのか」
あきれた様に秀が指摘する。
「の、ようだな」
面妖なものを見てしまった、と征士の目は語っていた。
「ようやく自覚したみたいだけどね。でも、あんなにやきもちで所有欲が強いと後で大変じゃないのかな?」
伸が同情して言う。だが、その独占欲が後々に亜由美に好影響を及ぼすとは誰一人として予想だにしなかった。
「でも、意外だな。当麻があんな風に人を好きになるだなんて」
いつも何があっても顔色一つ変えない当麻なのに亜由美が風邪を引いただけであれほどうろたえるとは遼は思っても見なかった。人を、女の子を好きになるとはそういうものだろか、とぼんやり遼は思う。
知らなかったの?、と傍らで成り行きを見ていた純が言う。はじかれたように皆が純のほうを見る。
「当麻兄ちゃんとあゆお姉ちゃんはずっと前からあちちだよ」
あちち、という形容を聞いて秀がなんだそれ?、と聞きなおす。
だから、と純が強調する。
「当麻兄ちゃんはあゆお姉ちゃんの事、ずっと好きだったんだよ」
だって、と純はさらに得意げに言って付け加える。
「当麻兄ちゃん、あゆお姉ちゃんが当麻兄ちゃん以外の人に笑ってたらこんな変な顔するんだもん」
言って純は当麻がよくする不機嫌そうな顔つきを真似る。
「あっ、それ、とうまにすっげー似てるぜ」
秀が吹き出した。
部屋に入るなり当麻は亜由美を降ろして命令する。
「パジャマに着替えて、寝る」
抗議も何のその。最後までしっかりとかつぎあげていた当麻をむすっとして亜由美が見る。
「ここにいられたら着替えられない」
不機嫌そうに言うと当麻は頷いて出ていこうとする。が、すぐに振りかえって言う。
「着替えたら声かけろよ。熱が下がるまでついてるから」
亜由美が抗議しようと口を開きかけたのを無視して当麻が外へ出る。亜由美はしかたなくパジャマに着替える。着替えてこのまま寝てしまおうかとも思ったが、心配している当麻に申し訳が無いと思ってドアを開けようとする。開けながら一体、どんな風に呼びかければいいだろうかと惑う。今更、羽柴さんも奇妙だし、かと言って当麻、と呼び捨てにするのもどうかと思う。やはり当麻さんか当麻君だろうか・・・?、そんな事を思いながらドアノブを回してドアを開けようとするが動かない。
当麻がドアにもたれているのだ。
亜由美は思いっきり体でドアを押し開けながら小さく開いた隙間にむかって声を出す。
「と、とっ、当麻っ。重たいっ。ドアが開かないっっ」
言った途端にドアにかけられていた重圧が消える。思いっきり体重をかけていた亜由美はつんのめるようにしてドアの外に転がり込む。
すかさず、当麻が亜由美を抱きとめる。
「ちょっとっ当麻っ。いきなり、体どけないでよっ。こけるでしょーっ」
亜由美は自然に当麻を呼び捨てにしていた。だが、言った当の本人も言われたほうもまだ気がついていない。
悪い、と当麻が腕の中の亜由美に謝る。
「怪我しなかったか? どっか具合悪くないか?」
ひどく気遣わしげな声で今にも亜由美が死にそうだといわんばかりの声色に亜由美がころころと笑い声を上げる。
「当麻の方こそ、夏かぜひいたみたいじゃない」
ころころと可笑しそうに笑う亜由美を部屋の中へ促しながら当麻も中に入る。
亜由美をベッドに寝かしつける。
当麻の顔に満面の笑みが浮かんでいた。
「お前、さっき俺のこと「当麻」って呼んだよな?」
それはもう子犬が尻尾をちぎれんばかりに振っているかのように当麻がうれしそうに言う。指摘された亜由美は顔を赤らめる。
「もう一回、言ってくれないか?」
亜由美が困った顔をすると当麻はもう一回、とねだる。めったにない当麻のおねだりに亜由美が折れてどもりながら名を呼ぶ。
「もう一回」
はじけてしまうのじゃないかと亜由美が心配するぐらいに当麻は喜びを表して頼む。
「と、と、当麻」
「もう一回」
「当麻」
「もう一回」
「当麻。って何回呼ばせるのよっ」
恥ずかしくなった亜由美が叫ぶ。
「俺が満足するまで」
にこにこと当麻が言って亜由美が絶句する。名前を呼ぶだけでどうしてそんなに喜ぶのか亜由美には不可解だった。
不意にドアの向こうで物音がした。二人してドアの向こうに視線をやると声が聞こえてくる。
「おいっ。押すなってっ。つぶれるだろっ」
一番ドアに近い秀が声をあげているのが聞こえる。
当麻がドアを開けると仲間四人がなだれ込んできた。純と白炎のおまけまでついている。流石にナスティはいない。
作品名:あゆと当麻~嵐のdestiny~ 作家名:綾瀬しずか