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EL高校の一年間 新学期・入学式編

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入学式


 仲間たちやクザン先生との運命の再会から二日後。この日は、在校生にとって、尻が痛くなり眠くなるだけの行事が執り行われる。そう、入学式だ。
 ロブ・ルッチは正直いって、この入学式というものが嫌いだった。たぶん、クラスメート全員がそう思っているだろう。誰も言葉にしないが、教室の雰囲気から察することができる。
 いや、『入学式というものが嫌いだった』は語弊に満ち溢れている。『今年度入ってくる新一年生が嫌いだった』というべきだろう。ルッチとカク、共通の心理である。
 周りを見渡せば、カリファは文庫本を読み、ブルーノはジャブラたちと談笑中。スパンダムが元気はつらつで、ファンクフリードの長い鼻でもすもすされている。
 いつももすられているスパンダムは苦に感じるどころか喜んでいるようで、ルッチを向いて、嬉しそうに話しかけた。
「いやー、まさか本当に来るとはな。あいつ、よくあの頭で受かったな。な、ルッチ」
 おれを名指しするんじゃねえ! それに、おまえが受かったなら奴も合格に決まっているだろうが! ルッチの怒りの炎は燃え上がっていた。
 彼の心境など知る由もなく、スパンダムはまだ独り言をくっちゃべっている。
「何の部活入るんだろうな。おれと同じか? そういやおれ、まだ入部届出してねえや。ま、いっか」
 当たり前である。『帰宅部』は正式な部活動ではない。しかも、いつまでも奴の話をするのはやめてほしい。
「楽しみだなー。また、カレンちゃんのDVD借りるか。なあ、ジャブラ、あいつの住所知ってるか?」
「知らねえな」
 ジャブラはフクロウやクマドリやブルーノとのおしゃべりをやめない。スパンダムの言葉も、左耳から右耳へと流しているようだ。もちろん、返事がないからといって口を止める男ではない。
「知らねえのか。カリファは知ってるか?」
「セクハラです」
「なんでだよ!」
 スパンダムは机上で派手に転んだ。いつもセクハラ呼ばわりされるのが嫌なら、カリファに話しかけなければいいものを。スパンダムには学習能力というものが欠如しているのか、カリファと話したいだけなのか。後者だったらカリファにまた「セクハラです」と言われるだけなので、言わないほうがいい。
 そんなスパンダムは、おどおどしながらカリファに前言撤回を求めている。
「おまえはいつもセクハラ発言が過ぎるぞ。もう少し歯に衣着せたらどうだ。……まあ、いいか。ルッチは知ってるか、住所。ほら、あいつ、ネ……」
「スパンダムさん!」
 何かに突き動かされたのか、はたまた反射的か、突然カクが机をドンと叩いた。カリファやブルーノも、いきなりのことに驚いて彼の顔を見つめる。
 カクは普段の愛らしい笑顔をひん曲げて、スパンダムの顔を凝視した。口元は笑っているが、目は氷だ。
「奴の話はするな。気分が悪いだけじゃ」
「…………」
 スパンダムは首をがくがくと上下に動かし、カクの言葉に了解した。いや、正しくは了解させられた。
「それでいいんじゃ……」
 カクの冷淡な声。静寂に包まれる二年三組教室。それを打ち壊す間抜けな音楽が響いたのは、幸運としか言いようがない。放送前にお馴染みの、『キーンコーンカーンコーン』だ。
『二、三年生の皆さん、エニエス・ロビー高校入学式が始まります。体育館に集まってください。繰り返します……』
 放送部員の、透き通る声。スパンダムは繰り返される前に椅子から立ち上がった。
「よーし、行くぞ!」
 いつになくやる気があるスパンダムは、ファンクフリードを剣に戻して、ドアから廊下へ飛び出そうとした。それを制するのは、スパンダムの性格をわかりすぎるほどわかっている、フクロウの声である。
「チャパパー、スパンダムさんは絶対に迷うのだー。みんなと行ったほうがいいぞー」
 フクロウの意見は、スパンダムとクマドリ以外の全員の賛成を得た。クマドリは、同級生に対する暴言を悲しみ、「切腹!」と剣で腹を突き刺している。結局斬れないのだが。
 スパンダムは、クマドリとそれ以外全員の優しい気持ちを知らずに、声を荒げている。
「何言ってんだ、このおれが迷うわけねえだろ」
 話を聞かずに、階段へ走って行くスパンダム。どたどたと階段を上るが、その先にあるのは三年生の教室。体育館へ行くには、一旦外に出なければならないのだ。
 ルッチたちは、その様子を害虫を見るような目で見据えていた。

 スパンダムを捕まえて、なんとか開式前に体育館に到着した三組は、パイプ椅子に腰かけていた。
 式は滞りなく進んでいく。ブルーノは新一年生を温かく見守っており、ジャブラとフクロウとクマドリは眠気と必死に戦っている。不運と弱さでお馴染みの男は、戦いに負けて爆睡中だ。
 皆が思い思いの入学式を過ごしている中、カリファはひとり目をぱっちりと開けて、心配していた。ルッチとカクのことである。
 実はこの二人、新一年生のひとりを嫌っているのだ。というより、心の底から見下しているのだ。
 中学のときから後輩だった生徒で、ふざけた髪型と服装、かわいい口癖、そして半端な人間性が特徴であった。面倒な性格はスパンダムだけで充分だというのに、どういうわけかその後輩はmスパンダムと仲がいい。似たもの同士だからだろうか。
 しかもその後輩は、スパンダム以外の三組メンバーが習得している術『六式』を教える道場――つまりスパンダムの父親が運営しているところなのだが――に通っているのだ。習い始めたのは物心ついたときだから、長い付き合いである。なのにそいつは、六つの術のうち、四つしか扱えない。一般人では到底無理なのだから、それだけでも上出来だとカリファは思う。だが、全て習得済みで、しかも道場内でツートップの強さを誇るルッチとカクにとっては、ただ苛立ちの対象でしかなかった。
 これから彼が入学してきたら、ほぼ毎日出くわすことになる。ルッチとカクの怒りの根源は、そこにあった。
 大変な毎日になりそうね……。カリファが小さく吐息すると、ちょうど教師が奴の名前を呼んだ。いつの間にか点呼に移っていたらしい。
「四組二十五番、ネロ」
「はい!」
 その間の抜けた声を耳に入れた瞬間、カリファの前と後ろの空気が凍った。クマドリたちも、何事かと目を開けてあたりを見回すが、すぐに正体に気づき、再び眠りの世界の入り口に立った。
 しかしカリファは、そんな悠長なことをしていられる場合ではない。二人はこんなところで騒ぎを起こすような、スパンダムの如し性格ではないから、今のところ安心できるが、いつ何が起こるかわからない。
 カリファは式が終わるまで、少しも緊張を解かなかった。

 恐怖の入学式はとりあえず何事もなく終わりを迎え、在校生たちはぞろぞろと教室に帰ってきた。
 椅子にどかんと腰を下ろしたスパンダムは、お気楽な口調でぼやいた。
「ネロの奴、ホントにいたのか? おいジャブラ、おまえ知ってるか」
 後方のジャブラは、どこからか取り出したトランプを繰りながら答える。
「知らねえな。奴の名前どころか、他の一年の名前さえも聞かなかったぜ」
「よよいっ、おいらもォ~だ~ぜェ~!」
「おれもだー、チャパパー」