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EL高校の一年間 新学期・入学式編

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 そんなこと肌で感じないスパンダムは、にこやかに水筒の水を飲もうとしている。が、案の定、中の水はぶちまけられるのだった。
「つめてーッ! おいおまえら、片付けろ!」
「…………」
 残念ながらスパンダムは道場主の息子。三組メンバーがそう簡単に逆らえる立場ではない。いやいや、哀れな水の始末が行われた。
 そして、洪水処理が残り半分ほどになった頃、ルッチが帰ってきた。心なしか、顔がやつれている。
 カリファが雑巾を絞りながら声をかけた。
「おかえりなさい、ルッチ。どうしたの? 顔色が悪いわよ」
「それはこっちのセリフだ。水鉄砲でもやったのか」
 ルッチの視界には、床にへばりついて雑巾を動かしている幼なじみたちの姿があった。掃除時間ではないのに、何事かと思われるだろう。ルッチが他クラスの生徒でなくて何よりだ。
 ルッチは、鋭い洞察力で観察した。床掃除真っ最中のメンバーと机の上で横倒しになっている水筒。椅子に腰かけているスパンダム。
 全て理解してしまった。日常茶飯事だ、気にしない。
 とはいっても、スパンダムのわがままっぷりに閉口を禁じ得ないのは事実。だが、一緒になって片付けるのは心境的に無理がある。ルッチは安らかに事を済ませたかった。
 でもそれは、やはりできない相談だった。
「ルッチ、おまえも掃除手伝え!」
 野良犬が、結った髪を上下させている。
「……わかった。早く片づけねば、昼休みが終わるぞ」
 ルッチは結局、雑巾を持つハメになった。

 食事をぎりぎり終わらせることができる頃に、床はぴかぴかになった。無駄な疲労を覚えながら、ルッチたちは再々度食事に入る。
 なるべく早めに食べきりたいルッチは、ご満悦で談笑する仲間に目もくれず、黙々と飯を口に入れていた。
 だが、それを妨げる犬が一匹。ブルーノのたまご焼きを必死に食しながら、ルッチに話しかけてくる。
「ルッチ、おまえは陸上部なんだってな~」
「そうだ。問題でもあるか」
「いえ、ないわ。でも……」
 カリファまで話に入ってくる。
「あなたは一年生のときから、全ての運動部から勧誘されてたじゃない。それらを断って、どうして陸上部に?」
「…………」
 カリファの言い分は、知らない者が見たら、陸上部に失礼だと取れなくもない。だが、ここエニエス・ロビー高校にて、陸上部はお荷物だった。大会で良い成績を残したこともない、グラウンドさえ他部に占領されていた。つまり、まともに練習できる状態ではなかったのだ。背部も間近だと、部員全員が心を沈ませていた。一年前までは。
 ロブ・ルッチが入部してから、陸上部は将来が急に明るくなってきた。最初の大会でインターハイ個人優勝を勝ち取ったのだ。その後もルッチの快進撃は留まるところを知らず、今もなお、短距離選手として優秀な成績を収めまくっている。
 おかげで陸上部にも練習場所が用意され、少しずつ他の部員も力をつけて、人数も増えてきているという。二年前までは五人程度しかいなかったが、イケメンロブ・ルッチの活躍が功を奏し、男子陸上部だけでなく女子陸上部も活気が出ているという。
 このことは、二年三組のみならず学校中に知れ渡っている『一年部員の奇跡』である。出処は、九十九パーセントの確率で「チャパパ」が口癖の同級生だろう。
 だが、ルッチの性格上、それを狙って陸上部に入ったわけではあるまい。彼と長い付き合いの同級生たちはよくわかる。それなら、なぜか?
 全員の眼差しが、ルッチに注がれる。彼はしぶしぶ、展開を話した。
「おれが入学したての頃、スモーカーがおれに言ってきた。『陸上部に新人がいる。六式使いのおまえに、奴のコーチを頼みたい』とな。それを飲んだおれは、陸上部に入部した。たしぎという名の女で、元はマネージャーだという」
「てことはルッチ、おまえは劣情を燃やして……!」
「話は最後まで聞け、野良犬。そんなことで部を決めるか」
「それなら、理由を聞かせてちょうだい」
「スモーカーはこうも言った。『おまえが大会で優勝して、たしぎに自信をつけさせてくれ』。元マネージャーは、やる気はあったがドジな女だった。スパンダムさんのように」
「なんか言ったか?」
「いえ、何も。とにかくおれは、命令されたとおりに大会で優勝した。地区大会では自信も何もあったもんじゃないから、とりあえずインターハイをな。任務遂行したおれは、即退部しようとした。だが、スモーカーがそれを許さなかった。結局おれはいつの間にか、二年生まで陸上部員として過ごすことになったわけだ。まあ、たしぎはマネージャーに戻ったようだがな」
「…………」
 教室は静まった。皆、ルッチに感心していた。『とりあえず』インターハイ優勝したルッチに。自分たちもやろうと思えば今すぐにでもできることかもしれないが、ルッチほどの行動力はそうない。
 教室の後ろで、ハットリが「クルッポー」と陽気に鳴いた。

 驚愕の新事実を目の当たりにした彼らが、他のメンバーの部活事情を知りたくなるのも無理のないことだろう。スパンダムが、学園が誇る美女のハレンチ活動の真偽を問いただしたくなるのも頷ける。
 未だルッチへの動揺を隠せないカリファに、スパンダムはひとこと投げつけた。
「カリファ」「セクハラです」「存在が!?」
 また水筒を倒しかける。隣のカクが、すかさずそれを支えた。悲劇を未然に防いだカクに、一同は心の中で拍手を贈った。
 カクの勇姿など知らないスパンダムは、続けてカリファに『セクハラ発言』をする。
「おまえは美術部で、水着で被写体してるって聞いたけど、本当か?」
 カリファの美しい眉が若干歪んだかと思えば、音もなく立ち上がり、スカートから長い蛇を取り出した。そして、それをスパンダムの背後に叩きつける。もちろんそれは蛇ではなく。
「イバラロード!」
 刺々しい鞭だった。カリファがわざと避けてくれなければ、さすがのスパンダムでも確実に病院行きだ。スパンダムは、全身の毛が逆立った。
 鞭を手繰り寄せながら、カリファはひとこと、
「セクハラです」
 きりりとした目は、スパンダムを捉えている。
 ああ、あれは誰が聞いてもセクハラだな……。スパンダム以外の人間も、ハトも、象も、そう痛感せざるを得なかった。
 彼女を怒らせてはいけない。美しい花には刺があるもの。彼女は刺のある薔薇なのだ。

 不運男の惨劇を二度確認したルッチたちも、味わったスパンダムも、もちろん光栄とは思っていないだろうが、それはともかく。スパンダムの発言のせいで、カリファの言動のせいで、『水着でモデル』が事実なのではと勘ぐってしまう男子諸君である。
 昼休みの勇姿パートツーは、ジャブラだった。
「お、おい……、美術部で、いったいどんなことやってんだ?」
「セクハラね」
 カリファは鞭に手をかけるが、それを利用することはなかった。
 六式のひとつ、鉄塊は、肉体の硬度を鉄レベルまで高める技。ゼロ式のスパンダムと、ここにはいない四式使い、ネロには通じるが、六式を会得したジャブラたちには意味がないのだ。
 それを心得ているジャブラは、さらに質問を続ける。
「スパンダムさんの言うとおり、マジでハレンチなモデルを……」