これはもしもの話です。
結果から言って、告白したのは俺の方からだった。
予定通り押し倒すことが出来て、ほくほく顔でその唇に噛付いてみようと思った矢先だった。
ほんの一瞬、俺の唇に帝人さんの唇が触れた。それはあまりにも不確かで曖昧で、確認しようと声をかけたのに帝人さんは逃げてしまった。
それから俺に会おうとしてくれない。
俺を避けて、避けて、避けてる。
俺もやっぱり中学生のガキだった。どんなに大人ぶっても、しょせんガキだ。
焦って、向こうの会社まで行って無理やり引きずり出して、追い詰めて、そうして告白した。
帝人さんの答えは、
NOだった。
帝人さんは大人のプライドもなにもかも捨てて教えてくれた。
「怖い」と。
そりゃそうだ。俺は子供で、彼が大人だ。
世間的に見てすべての責任は彼にかかる。
「君の将来も壊したくない。」とか言われたけど、そんなものはどうでも良かった。
ただ、自分が余りにも子供過ぎて反吐がでそうだ。
どうしようもなく甘やかしたい。自分といることで帝人さんがあらゆる不安や苦しみや辛さを感じなくて済むように。俺のそばで笑っていてくれれば良いように。
例えば金銭的な面でも、生活面でも、なにもかも自分に頼ってくれたらいい。
俺が居なきゃ生きてけないくらい、それくらいに甘やかしたい。
そのためには自分はあまりにもガキだった。
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結果から言って、臨也くんは諦めてくれた。
僕が半泣きになりながら言った本音を彼はわかってくれた。
本当に情けないことこの上ないけど、僕は普通の人間だから、彼の人生を背負えない。
彼の人生を壊す上の責任をとれない。
本当に身勝手なことを言えば、彼が僕より年上だったら良いのに、なんて馬鹿なことも考えた。
ちゃんとあれは恋だったけど、始まる前に終われたから傷も浅い。
強がりだなんて、自分が一番わかってる。
「…最悪だ。」思わず口をついて出てしまう。
大きなトラブルになる前に対処できたけど、取引先には謝り倒しだ。
取引先の人は良い人だったから、そこまで叱られることも無かったけれど、こんなミスをする自分が情けなすぎる。
もうすぐ入社して10年になるってのに、責任ばかり大きくなって成長できてない。
肩を落としてある公園の前を通りすぎようとしたら「ねぇ。」と声をかけられた。
声の方を向くと、真っ黒いコートでフードまでかぶった長身の男がいた。
うわぁ、何アレ烏みたい。
そう思った瞬間、その男がいつぞやの少年と重なる。
けど、え?
記憶の中の少年は成長期で僕よりほんの少し小さいくらいだったけど、少なくとも近づいてくる男は明らかに見上げるほどだ。
可愛いというには成長していたけれど、それでも綺麗と可愛いの間くらいだったはずの美少年が、随分と精悍さのある男になってる。
それでも、柔和に細められる目と弧を描く唇を知ってる気がする。
「いざ、」
名前を呼ぼうとしたら噛まれた。痛かったのは一瞬ですぐに彼の舌が僕の口を這いずり回る。
おかしい、こんな記憶はどこにもない。
こんなやらしいキスをする臨也くんは僕の中のどこにも居ない。
そう思った僕を知ってか知らずか、彼は唇を離すと意地悪くこう言った。
「違いますー、俺は何時ぞやのアンパンの恩返しにきたただの烏です。」
作品名:これはもしもの話です。 作家名:阿古屋珠