ビューティーオブファシナトゥール
「悪いけど、控え室の掃除しといてくれない?大会が見たいのよ」
そのミルファークは、あまりに時の君がマイナーな妖魔の君であるが為に、彼のことを知らないようだった。あまつさえ、どういうわけか使用人と勘違いした。おそらく、彼の服が白いなんの変哲もない衣服だからだろう。しかし、これは好都合である。
預かった三角巾と掃除用具を手に、時の君は胸を高鳴らせながら控え室へ向かった。
控え室にいる参加者は、10人程度だった。その中に目当ての人物を見つけ、時の君は全神経を集中させた。が、どうも空気が不穏である。
3人の妖魔が、彼を取り囲んでいるのだ。
「あんた、初参加やってなあ」
急に声をかけられ、暇だなあと考えていたサイレンスは振り向いた。
明るい緑の髪の妖魔を中心に、その両脇を別の妖魔が二人従っている。声をかけたのは中央の妖魔、ラスタバンだった。
「あんた、普段何やってまんねん?」
微妙な関西弁で、右隣の銀髪の妖魔、セアトが尋ねる。サイレンスは刑事手帳を出した。左隣にいる妖魔、イルドゥンが刑事手帳を受け取った。暫くそれを眺め、ようやくサイレンスの職業がわかったのか、イルドゥンを除く2人は素っ頓狂な声を上げた。
「うわーーーーーーー!!!!ありえへん!!!!人間の職場やないの!!!」
「ほんまありえへんわあ! あんたほんまは人間なんとちゃうのー!?」
そんなわけはない、という意味をこめて、サイレンスは首を横に降った。しかし、何を勘違いしたのか3人のテンションは更にヒートアップした。
「あんたなあ、わてらはこの妖魔ばっっっっっっかりのファシナトゥールで何百年も暮らしとんねんで?妖魔のエキスパートやで?」
妖魔のエキスパート、というのが一体何なのかサイレンスにはさっぱりわからなかったが、この3人に話が通じない事はわかった。彼らは、新入り?のサイレンスが第1次審査に合格した事がかなり気に入らないようだ。
「わては黒騎士の現団長やで?このイルドゥンなんてな、めっちゃかっこいい名前ついとんねんで!」
「…宵闇の覇者、言いますねん」
イルドゥンの自己紹介はさりげない。ラスタバンが、ずいとサイレンスに近寄った。恐ろしい目だ。
「言うといたるけどな(関西人って、よくこれ言いますよね、おばちゃん限定ですが)、あんたみたいなぺーぺーの新米妖魔が、わてらの伝統ある大会に参加しようてことが、まず間違っとんねん。わてらなんかな、今まで何っっっ回も落選して、今年でようやく一次受かったんやで? 」
セアトが同調した。
「せやせや。悪い事言わんわ。荷物まとめてさっさとお帰りや。鴉が鳴くからかえろー言うやろ」
「なんなら、鳴いてやってもええで…」と、イルドゥン。
「そもそもさっきからひとっことも喋らんのが気にくわへんわ。あんた、お高くとまるのもええ加減にしいや」
喋らないもなにも、それが自分の性質なのだからしかたがない。さっさと終わってくれないだろうか、とサイレンスが思っていると、ラスタバンはまた勘違いした。
「なんやのその目は?もうええわ。わかったわ。あんたの立場、わてらが体に教えたる!」
ラスタバンが取り出したのは、黒の油性マジックペンだった。
「これであんたの瞼の上に目描いたるわ」
それを物陰で見守っていた時の君は焦った。一刻も早く奴らを止めなければ、サイレンス(なんと美しい響きだ)の美しい顔に傷がついてしまう!
タイムリープでもかけてしまえば話は早いが、そんな事をすれば審査員がいち参加者に肩入れしたとして、サイレンスが糾弾されてしまうだろう。
そうこうしているうちに、サイレンスは両脇をセアトとイルドゥンにがっちり固められてしまった。
最早一刻の猶予もない。
「(タイムリー…)」
時の君が三角巾をしたまま術を唱えようとすると。
「待ちな!!」
部屋の奥から鋭い女の声が飛んだ。
ラスタバンが、声のするほうを見て小さく叫ぶ。
「姐さん!」
畳の床でどうやって出しているのか、かつかつと威圧的なピンヒールの音を響かせ、現れたのは金髪でテラコッタ肌の屈強そうな女性妖魔だった。オルロワージュの寵姫のひとりで、金獅子という。
「さっきから見てたよ。あんたたち、寄ってたかって新入りイビリなんて、妖魔の恥さらしもいいとこさ」
ドスのきいた声に、3人はすっかり萎縮してしまっている。ラスタバンがこわごわ言い訳をした。
「で、ですが姐さん、こいつは人間の社会で…」
「人間の社会にいようとどこにいようと、上級妖魔で一次審査に通ったってことは、こいつは骨のあるヤツってことさ。あんた達」
と、金獅子はラスタバン達を見遣った。
「勝ちたかったら、正々堂々とタイマン張って勝ちな!ファシナトゥールの薔薇に申し訳ないとは思わないのかい!」
「す、すみません、姐さん…」
セアトが詫びた。
「わかったらさっさと行きな」
金獅子は顎をしゃくって出口を示した。 ラスタバン達は急いで部屋を出ていった。
後に残ったサイレンスは、ようやく3人が去ってくれたのでやれやれとため息をついた。
一応、追い払ってくれた礼を言うべきだろうかと、自分より背の高い金獅子を見ると、彼女は毅然と言い放った。
「勘違いするんじゃないよ。あんたを助けたわけじゃない。あたしは曲がった事が大嫌いなだけなのさ」
はあ、という意味をこめてサイレンスは肩をすくめた。金獅子は、言いたい事だけ言って部屋を出ていった。第1次審査に残るだけあって、ここの妖魔には一癖も二癖もあるようだ…
時の君も、扉の影でほっとため息をついた。その辺にほうってあった雑巾に、明るい緑の髪の妖魔が滑ってコケた気がしたが、そんなことはどうでもよく、サイレンスが無事でよかったとただ安堵するばかりだった。
”まもなく、第2次審査に入ります。参加者の皆様は最上階・B.O.F特設会場へお越し下さい”
放送が鳴った。時の君は急いで控え室を離れ、特設会場へ向かった。これからも時々様子を見に来よう、と思いながら。
特設会場には、数百人のオーディエンスが詰め掛けていた。各リージョンの報道機関もカメラを構えている。 なんと、「B.O.F」は各種族のメディアを通して全リージョンに中継されるらしい。 一種のお祭りのようなものなのだ。とはいえ、現地の一般観客席を占めているのはほぼ妖魔で、ヒューマンで列席しているのはシンディ・キャンベルはじめ金持ちの人間ばかりだった。
薔薇のイメージがでかでかと描かれたステージに、スポットライトが当たり、 中央から紫色の煙がもうもうと立ち上った。
「火事か?」と観客がじっと見守る中、煙の中から派手な効果音つきで、これまた派手な妖魔が登場した。赤い炎のような髪、グラムなボンデージ・スーツに身を包んだ彼は、何故か両手を交差させて胸を隠している。
「やあ皆、今日はB.O.Fを観に来てくれて、本当にありがとう。愛してるよ」
妖魔がステージに姿を現すやいなや、女性陣から黄色い歓声が上がった。
「キャー!!!ゾズマ様あ!!」
「ステキー!最高にセクシーだわぁ〜!!!」
ゾズマは聴衆にウインクをし、自己紹介をした。
作品名:ビューティーオブファシナトゥール 作家名:さらさらみさ