ビューティーオブファシナトゥール
「ボクが今日の司会をつとめる幸運なゾズマさ。皆、今日はボクの声をしっかり聞いてね。…勿論、ここでなくても聞かせてあげたいけどさ」
またしても女性陣から歓声が上がる。歓声と言うよりは、もはや絶叫に近い。
「ああところで、ボクのこのポーズは気にしないでくれ。ちょっと、大事な恋のお守りを、大事な人にあげたのさ。今日のB.O.Fで、いい事がありますようにってね」
ゾズマがこう言ったのと、控え室からイルドゥンの「んなーっ!!??」という声が飛び出してきたのはほぼ同時だった。
「…やるじゃない、イルドゥン…何にも準備してないって油断させておいて、そんな切り札を隠し持っていたなんて…恐ろしい子!!」
イルドゥンの胸に貼られた星型のニプレスを横目で睨み、半分ほど血の気の引いた顔で呟くラスタバン。その目に勿論、黒目の部分はない。指に爪もない。
「ち、違う、これは今気付いたんだ、誰かが勝手に…」
「言い訳は聞きたくなくてよ!」
「私達を出しぬこうなんて、飛んだ泥棒鴉だわ!!」
ラスタバンとセアトは、行きましょ、とさっさと歩いていってしまった。早くも仲間割れである。
「泣かない…泣いちゃ駄目、泣いちゃ駄目だよ、イルドゥン。宵闇の覇者は、ぶっちゃけ笑わなきゃ…」
鳥残されたイルドゥンは、床にうずくまり、突然訪れた友との決別を噛み締めていた。
そんな愛憎鍋巻く控え室事情などいざ知らず、会場はゾズマのレスニプレスちら見せで大いに湧いていた。スタッフの黒騎士がゾズマに合図を送る。ゾズマはそれに「オーケー」と軽くアクションを返し、
「皆、お待たせ!今から審査員を紹介するよ!」と舞台の右側に設置された審査員席を指した。
「まずは今大会の審査員長、バラの守護者、美しき方、ファッション気違い、無慈悲でGO、その他色々の異名を持つ、魅惑の君、オルロワージュ様!」
薔薇をあしらった派手な玉座に、茨の塊が現れる。茨がめきめきと割れて、中から裸体に茨を纏った悩ましい姿のオルロワージュが現れた。その姿は本当の意味でもある意味でも痛々しい。完全に自分の世界に浸りきったオルロワが、つけまつげ過多な目を開こうとしたその時である。
「そこで伸びてろ、この駄目親父っ!!!!」
するどい罵声が飛んで、何者かが画面を横切ったかと思うと、オルロワージュに強烈な飛び蹴りを食らわせた。
「おおお…!」
オルロワージュは何が何だかわからないままにステージから蹴落とされ、あれよあれよという間にファシナトゥールの紫の空に消えていった。
替わりに玉座に座ったのは、どこか中性的なまだ若い娘だった。
「オルロワージュは私が倒した!たった今から審査員長はこのアセルスだ!アーッヒャッャッヒャッ」
周囲は突然の闖入者にどよめいたが、
「あ、そうなったのかい?じゃあ、まあいいや。こちらが審査員長のアセルス様〜!!」
とゾズマが紹介すると、あらためて聴衆は沸き立った。妖魔というのは、折りにつけても深く考えない生き物なのだ。
「お次は、ムスペルニブルの指輪の君・ヴァジュイール様〜!!!」
「ああ、よろしく。適当にやってくれたまえ」
横に長いビロウドのソファに、だるそうに寝そべっているヴァジュイールが現れた。聴衆は拍手喝采だ。
「次は、えーっと、時の君っていう人。めんどくさいからトッキーでいいや」
申し訳程度に、スポットにパイプ椅子が照らされた。時の君はパイプ椅子に腰掛け、
「私が時術のエキスパート、時の君だ。実はこのたび、時術に関する…」
「ようし、じゃあ審査が始まる前に、余興でボクが歌を歌うよ!!」
またしても時の君の自己紹介は華麗に打ち切られ、 聴衆は時の君って誰だ、と囁き合う事も忘れて、ゾズマオンステージに夢中になるのだった。
そうこうしている間に、一般審査が開始された。参加者はエントリーナンバーのついたバラの花を着け、舞台を歩いて往復するだけというものだ。
時の君は、サイレンスの出番を待った。ゾズマが次の参加者を読み上げる。
「エントリーナンバー10番、サイレンスさーん」
サイレンスが舞台の左端に現れる。思わず、時の君は息を止めてしまった。
金髪を靡かせ、いささか派手なブルーの英国貴族スタイルのコートに赤いリボンタイをしめ、すらりとした脚を純白のスリムなスラックスと黒のロングブーツで包み、悠然と舞台を歩いてくる。遠目ではわからなかったが、瞳の色は深い真紅だ。
時の君は高まる鼓動を抑えるのに一苦労だった。それは、自らの中で時術のエネルギーの暴走を抑えるのよりも更に精神力を要した。
先ほどエントリーしていた、明るい緑の髪のロココ妖魔はやたらくねくねしていたし、その次の金髪ポニーテールは矢鱈歩くのが早くて気付いたら出番が終わっていた。次の暗い緑の髪の妖魔は歩いている途中でコケて、おまけに司会者にそれを助け起こされてひと悶着やっていたし、―ちなみに、時の君の預かり知らぬところだが、イルドゥンは「ドジな萌え系を狙うなんて…やるわね、イルドゥン」と再びラスタバンに睨まれていた。―中級、上級の妖魔というものはやはりろくなものではない、しかし彼だけは特別だと時の君は内心で何度目かも最早不明な賞賛を贈る。
「じゃあここで、審査員の皆さんにちょっと聞いてみよう!どうかな、トッキー?いい子はいるかい?」
サイレンスの後姿を見送っていると、いきなりコメントを求められた。時の君は必死で平静をよそおい、 なんて美しいのだ、衆目に晒すのはとても惜しい、という言葉を飲み込んで、 動揺のあまり「あー…人生には3つの袋があると申しますが」と結婚式の祝辞のようなコメントを口走ってしまった。当然 「だよねー!はいありがとうございましたー」と適当に打ちきられてしまったのだが。
こうして一般審査がつつがなく終わり、参加者の採点を済ませると、時の君は控え室に向かった。次の勝負服審査まではまだ間があるのだ。
さっき預かった三角巾をまだ持っていたので、念のため顔を隠しておく。
途中で、サイレンスに絡んでいた銀髪妖魔とすれ違った。すれ違った瞬間、何かがかしゃんと床に落ちた。銀髪妖魔はそれに気付かず、そそくさと通りすぎていく。
「?」
拾ったそれは巨大な布切り鋏だった。悪い予感がして、控え室を除いてみると、サイレンスが切り裂かれた衣装の前で呆然としている。
呆然と―時の君にはそう見えた―立ちすくむサイレンスに、ロココ妖魔が「あらあら、随分とアヴァンギャルド(前衛的)な衣装ですこと!さすが人間の世界に住む方はちがいますことね!ココ・シャネルもびっくりですわあーっはっはっはっ」とわざとらしい高笑いをして、自分は普段着よりも更に派手な夜会服を纏って部屋を出ていった。先ほどとキャラが違っている。芸風のバリエーションだけは誉めてやりたいものである。
サイレンスは明らかに困っている。
(いっそ全裸でもいいくらいだが…はっ、いかんいかん)と、時の君は自分の頭に浮かんだ考えを打ち消した。衣装がなければ、 彼は舞踏会に行けない哀れなシンデレラ…とまたここで時の君はかぶりを振った。ロココ妖魔の芸風に毒されてどうする。
考えた末、時の君は自分のリージョンに戻る次元の入口を開いた。
作品名:ビューティーオブファシナトゥール 作家名:さらさらみさ