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さらさらみさ
さらさらみさ
novelistID. 1747
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ビューティーオブファシナトゥール

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控え室に戻ってみると、鍵をかけたはずのルイ・ヴィトンの「ペガス」の表面が切られ、中の衣装はずたずたになっていた。
給料2ヶ月分を注ぎ込んだ、イヴ・サン・ローランのサマースーツは見事にただの布切れと化してしまっている。後ろで何か言われた気がしたが、サイレンスの耳には入っていなかった。ただ、これからショップに同じスーツがあるかどうかを早く問い合わせなければ、と考えていたのだった。
それはともかく、勝負服がなければエントリーは不可能だ。失格になれば服を買うクレジットも修理代に消えてしまう。
サイレンスが途方に暮れていたその時、目の前にどさりと何かが落ちてきた。
それは風呂敷包みだった。
開いてみると、中に1輪のトケイソウと、自分宛のメッセージカードが入っていた。
ーいつもあなたを見ています。あなたのファンよりー
風呂敷包みの中身を見ると、風変わりではあるが何かの衣装のようだ。サイレンスはご丁寧に着方までメモされているそれをとりあえず着ることにした。


勝負服審査が始まった。イルドゥンに突っ返されたニプレスを再装着したゾズマが、次々と参加者を紹介していく。衣装のきらびやかさに、観衆は羨望のため息をついた。
ゾズマにコメントを求められたアセルスは、「うん、みんなきれいだね。白薔薇がいれば一番に彼女を推したけど…私が出るなって言ったから。」といきなりノロけ始めた。
「今まで9人出たけど、いい人いた?」
「ああ、7番のラスタバンがいい感じだね。さすがロココの心を極めただけのことはあるよ。あと、8番のブルーさん?もうちょっとゆっくり歩いてほしかったな。全然見えなかったよ。まあでも、一番可愛いのは白薔薇なんだけど」

ラスタバンは舞台裏で、アセルスの言葉に何度も頷いた。当然だ、この大会の為に何百年も準備してきたのだから。零姫様に次ぐ、ビューティーオブファシナトゥールの栄冠は、自分の緑の髪の上にこそふさわしいー…
「以上、審査員長のコメントでした。次、エントリーナンバー10番、サイレンスさーん」
美の頂点を極める夢を見ていたラスタバンは、はっと顔を上げた。そんな馬鹿な、衣装はセアトが完全に切り裂いたはずだ。

舞台に現れたサイレンスを見て、観衆はおろか、テレビの前にいる者たちまでも、皆息を飲んだ。
髪をゆるりと結い上げ、赤い長襦袢に薄紅色の帯を結び目を前にして結び、上から着物を羽織っている。懐に桜紙まで忍ばせているという用意周到ぶりだ。
サイレンスは知らなかったが、その姿は思いっきり吉原の花魁(事後)である。退廃的でエロティックなそのさまに、子供の母親は、「見ちゃいけません!」と咄嗟に子供の目を覆った。余談だが、一瞬でもその姿を見てしまった子供は、思春期になるとサイレンスの姿を思い出し、しばし悶々とする日々を送らざるを得なかった。それが上級妖魔の影響力である。

(うむ、最高だ!!)
時の君は、心の中で花火を5連発発射した。迷わずこの衣装にした甲斐があったというものだ。そしてその髪にトケイソウが差してあったのに気付き、更に時の君を満足させたのだった。サイレンスは底の厚い花魁道中用の草履で舞台を歩き、無事に控え室に戻っていった。
アセルスも、「うん、あれはいいね。今度白薔薇にも」と言っている。ヴァジュイールは無関心であったが、「いいんじゃない」と一言あっただけでもいい。審査員からも、おおむね反応は良好なようだった。

 

控え室に戻ると、サイレンスは息をついた。失格にならずに済んで良かった。カードの送り主に感謝しなければならない。
「あなた…」
と声をかけられ、振り向くと、ラスタバンが立っていた。セアトも一緒である。
「人間かぶれの無愛想な新入りだと思ってたけど…やるじゃない。私たちの仲間と認めてやってもいいわ」
それは、ずいぶんとひねくれてはいたが賞賛の言葉だった。キャラクターがさっきの関西のおばちゃんと180度違うのはともかく。
「これからはお互いに、正々堂々と戦いましょう。負けないわよ」
サイレンスは疚しいところなく大会に臨んでいたはずなのだが、そういえば元々参加規定に”参加者の服を破らない事”などとは書かれていなかった。内面が複雑であればあるほど美しいとされる妖魔の基準は、こんなところでも摘要されていたわけだ。
ラスタバンは手を差し出した。サイレンスはとりあえず、ラスタバンの掌に何もついていない事を確認して握手を返した。キャラクターがさっきの少女漫画のお嬢様とも180度違うのはともかく。
ラスタバンたちが爽やかに去り、サイレンスは次の審査基準を見て、愕然とした。

今度こそ駄目かもしれない…そんな予感がサイレンスの脳裏を過った。









 

ヨークランドの日差しは暖かく、のどかな田園がどこまでも広がり、人々は皆のんびりと農作業をしたり自宅で作った酒を酌み交わしたり思い思いの午後を過ごしていた。
その中の一軒から、ケーキの焼ける甘い匂いが立ち上っている。
「ふむ…このくらいか」
竹串を刺して焼き具合を確かめる事もせず、オーブンの前に立った青年はケーキ型をオーブンから取り出し、熱く熱された焼き型をテーブルにじかに置いた。
「わあ、いいにおいだね」
キッチンに、ラモックスの少年が鼻をくんくんさせながら入ってきた。
「クーン、これが冷めたらデコレーションを二人でしようか」
「うん、そうだね!」
「お、いい匂いがするぜ〜」
「小麦粉ト卵ト砂糖トばたーヲ混ゼテ加熱シタモノノ匂イデスネ」
楽器を抱えたのほほんとした顔の青年と、旧式のロボットもキッチンにやってきた。
「あ、リュート、T260G、見て!ブルーがケーキ焼いてくれたんだよ!」
二人を見て、クーンが無邪気に二人に声をかける。
「おお、やるじゃねえかブルー」
「食ベラレナイノガ残念デス」
「ブルーのケーキは世界一だもんね!」
「そんな…事はないさ」
そう言いながらも、ブルーの表情はどこか柔らかい。

地獄の君主を倒した後、ブルーはここ、ヨークランドに倒れていた。自らと同化した筈の双子の弟は、異世界から弾き飛ばされたショックでおそらく消えてしまったのだろう。ブルーは、ブルーのままだった。
そして彼は、かつて少しだけ共に旅をした事があり、現在はヨークランドで暮らしていたリュートたちに助けられ、一緒に暮らす事になったのである。
心穏やかで、陽気で明るい彼らに囲まれて過ごしているうちに、ブルーはこれまでの人生がどんなに殺伐としたものであったかを噛み締めることとなった。同時に、今のこの日差しのようなぬくもりに、次第に慣れていってしまっている自分に、少なからず照れを感じつつ、受け入れていることに気付いていた。

リュートたちは、以前は氷のような男だった彼が少しずつ心を開いてくれてきていることに、素直に喜んでいた。
ブルーの焼くケーキははっきり言って生焼けでとても食べられたものではないのだが、彼が自分達のためにケーキを焼くこと、その事が彼らにとっては重要なのだ。
「じゃあ、ブルーの作ったケーキが冷めるまで、俺が歌でも歌うかあ」
「やめてよお、リュートの歌へたくそなんだもん。そうだ、ブルーが歌えばいいよ!」
「お、俺か?」