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【再投稿】 渡り歩く理由は

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 午前八時。大学に行く予定もアルバイトの予定も入っていない日には珍しく、花宮は朝食を既に済ませて自分の部屋で寛いでいた。背後霊を背負って。
「あかん、行きたない」
「さっさと行ってください。サボると卒業出来ないって言ってたじゃないですか」
 しがみついて喚く今吉を無視して、花宮は本を読み続ける。
 大学三年生に進級した今吉はゼミに配属することになったのだが、そのゼミがいわゆる『やる気のあるゼミ』だったらしく長期休みに毎年ゼミ合宿が開催されていた。聞いてみれば大学の施設で二泊三日の山篭りをし、分厚い参考資料をまとめるという修行のようなイベントだった。
「三日も花宮に会えんとか有り得へん……」
「実際に会わないのなんて中日一日だけでしょうが。今日会って、帰ってきた日もどうせここに来るくせに」
 面倒くさい、と花宮から本心が零れれば、さらに泣き喚く今吉。
「施設内は電話通じんのやで! 一日でも花宮の声は聞けんとか耐えられん。あかん、ワシ死んでまう」
「ご勝手にどうぞ。てか、さっさと出て行ってもらわないと、俺が出かけられないんですけど」
「浮気か! 浮気なんて許さんで! そんな花宮なんて置いてけん……!」
 パンっ、と音を立てて小説を閉じていい加減、まともに対応しているのにも飽きた花宮は、バンっと小説を閉じてテーブルに置くと、背中の今吉を引き剥がす。
「原たちだよ! いいからさっさと行けって!」
 ひどい、ひどい。うわ言のように繰り返す今吉を、直接行くつもりで前日から既にちゃっかりと持ってきていた旅行バックと共に投げ出した。
 いつも、帰るときには頬にキスをしてくるのだが、それすらさせる隙を与えずに部屋のドアを閉めた。

「ってわけで明日、誰か一人とヤるわ」
 今朝あったことを話した後、花宮がそう告げた。手元にあった冷たいドリンクを煽る。
「夏休み入ってからあの人が部屋に入り浸るせいで自由な時間取れなかったからな」
 目の前には数週間振りに会う高校時代の友人が数名。花宮の発言に相変わらず複雑そうな表情をしていた。寝ている一人を除いて。
「相変わらずかよ」
 先陣を切って口を開いたのは、山崎だった。ちんぴらのように見えるがたいの良い男は、言葉の端に心配の色が混じる。しかし、花宮は気にせず、愉しげに笑ってみせた。
「おー。しつこいし、なかなか面白いメール送ってくるようになったからな。見るか?」
「それで男とヤるってことにびっくりだっつの」
 呆れたように言う山崎の横で、同じく呆れた様子の古橋がため息を吐いた。表情は分かりにくいが、行動では分かりやすい男だ。
「言っておくが―――」
「あれ、花宮くん? こんなとこでなにしてんの」
 自分の名前に思わず反応し、花宮は顔を上げた。バイト先の常連客の男が手を振っている。
 また面倒くさいのに会ってしまった。なんて本心を悟られないよう、笑顔で挨拶をする。
「知り合い?」
「高校時代の友達です」
 男が指した先には、かつて同じチームメイトとして過ごした数名の男。もっとも、問いかけた男よりも付き合いが長く、信頼のおける仲間だった。
 ふーん、とつまらなさそうな声を出し、男は元チームメイトをなめるように見ていた。まるで見定めるかのように。
「じゃあ、またお店に行くから他の人にもよろしく」
 手を振る男に花宮は会釈を返した。男の姿が見えなくなってから深く息を吐く。
「なに、今度のあれ?」
 花宮の疲労感を汲んだのか、山崎が確認のために口を開く。花宮はゆっくりと首を横に振る。
「いや、ただのバイト先の客。連絡先すら知らない」
「いやー、でも明らか狙われてるだろ。俺ら、なにコイツらって目で見られてたし」
 原が噛み潰したストローから口を離していた。こういうときだけは興味をそそられるものなのか。
「とりあえず、今んトコはねぇよ」
 興味なさそうに言い放つと、ケータイのメール画面を確認し始めた。
 花宮はなぜか男に好かれる。憧れるという意味でなく恋愛という意味で、だ。いつもいつも、それが不思議で仕方がなかった。
 一八〇センチという平均身長を超え、元運動部の体格の良い男のどこを好きになるというのだ。目と頭がイカれているとしか思えない。目の前の男たちにそう漏らせば、お前もだろと切り返されたのは二年ほど前だったか。しかしその当時、既に今吉と付き合っていて随分と経っており、それが日常だった花宮には、他の男に好かれるということが非日常にしか見えなかったのだ。