氷花の指輪
その機会は割と早く訪れた。
アルザ公とその息子というのが、どうやら呪われて倒れたというので、
そいつらの担当していた、軍事系の仕事が回ってきて、
執務室で真夜中を回ったところで、さすがにキレた。
文句を言いに行く、というか殺してやる…!
執務室を出てみると、厚い雲が月を隠し、
さらに苛立ちが増した。
地下牢についてみると、数人の牢番がつめており、
皆怯えたような顔で、私を迎えた。
「…参謀。こちらです。」
さっさと済ませて執務室に戻ろう。
そう思ってすぐに、娘の囚われた牢に向かう。
牢に来る機会などそうそうあるものではないので、
こんなに綺麗なものなのかと驚いた。
黒妖精はきれい好きだからな…。
娘の牢に近づいてきているのであろう。
冷え冷えした霊気が床に立ち込めている。
重い扉を開け、中に入る。
――― !
厚い氷の張った湖上に、放り出された感覚…。
寒々しい音を立てて、冷気が、霊気が舞う。
部屋の中央、娘のいる場所には、巨大な氷の花のつぼみがあった。
中央に優しい熱を感じるが、手を伸ばせば
たちまち、つぼみの発するの冷気で凍てつきそうだ。
「ほう……。これが……。」
これが娘の霊魂か…。
確かに、これは興味深い。
こんなに寒さを感じるんだ。より中央の熱に手を伸ばしたくなる。
娘よ。氷の鎧は逆効果だったな。
普通なら、死霊術師を殺せばその死霊は契約が解除され解放される。
だが、こんな感じで、術師の霊魂の中にすっぽり死霊の霊魂があると
術師を殺した時点で、死霊の霊魂が消滅することもあるし、
術師の霊魂ごと奪おうとすると、死霊との結びつきが強いせいか、
共に崩壊することもある。
中央の熱が、かのニコラス王子の霊魂でそれを取り出すつもりなら、
確かに、娘を殺すのは得策ではなさそうだ。
娘の精神=霊魂を壊して取り出すか、娘本人に手放してもらうしかないだろう。
その方法は間違っていない。大公どももそこまで馬鹿ではないか。
だが、何か違和感がある。
何だ?何かが根本的に間違っている気がする……。
まあ、関係ないか。
私はこの娘を殺しに来たわけだし、
王子の霊魂にも消滅していただいて結構。
娘には目隠しがされていた。
それをさっと取り去ると、案内してきた牢番が慌てて後ずさる。
「気を付けてください!そいつの目に睨まれると呪われますよ!」
娘がゆっくりと目を開ける。
やつれ、痩せた細った身体に、その眼光だけが異様な光を纏っていた。
「確かにすばらしい目だが、呪いの本質はそこではない。
…下がりたまえ。」
牢番は言われる前から、牢の外まで下がっていた。
ふん。殺す前に少し遊んでやろう。
研究者の血が、違和感を残したままにするなと言っているようだ。
2年もの間、誰も解けなかった謎を解いてやる。
手袋を外し、彼女の身体に触れるか触れないかの位置でなぞる。
触れるのは身体ではない。その霊魂。
「……?」
娘も何かを探るようなその手の動きの異様さに気づいたか。
瞳の光に戸惑いが混ざる。
優しく優しくそのつぼみに触れる。固い花びら、それを支えるがくと花柄…。
「……見つけた。ここだ…。」
右の耳だ。黒妖精の特徴であるとがった耳に2つのピアス。
その下の方のピアスのあたり…。
身体から浮かせていた手を、今度は直接触れさせる。
「…んっ……!」
「なるほど、目の前で殺された姉が最期に触れていた場所…。
生と死の相反するメッセージを同時に受け取った場所。
ここが入口…、そして綻び…。」
驚いている。混乱している。ここから一気に攻め入る。
右の耳に唇を寄せて囁く。
「さあ、想像してみよう…。
ほんの小さな小さな綻びから、君のつぼみがほどけていくよ…。
ゆっくり、ゆっくり…。」
娘の身体がビクンと反応する。
暗示には暗示を、呪いには呪いを…。
「固かったところが、少しずつ少しずつ緩んでいく…。
花びらが一枚、また一枚…。散っていく。散ってしまう。
中に隠したものが、もうすぐ…見えてしまうよ……。」
「あっあ……ああああああっ!」
焦ってはいけない。一気に壊してはいけない。
それではつまらない!
娘の震える身体を抱きしめ、さらに囁く。
「大丈夫。ゆっくりでいい……。
散っていくところをじっくり見せて…。」
「やっやだっ!やめて!ああああああああああっ!」
娘が見開いていた目をぎゅっと閉じる。
涙が伝う。
おや、散った花びらが形を変えて戻っていく。
中央にたどり着けないよう、茨と蔓が迷路を作りだす。
面白い!
「おやおや、君は器用だね。
でも、私は迷路やパズルは得意なんだ…。
そうだ。君の涙ではさみを作ろう…。
この邪魔な茨も蔓も細かく細かく切り刻んであげる…。」
頬を伝う涙を舐めあげる。
さぞ屈辱的だろう。
今まで、どんな暴力にも声を上げずに我慢していたというのに。
……嗜虐心を煽られる。
「いやあぁ!いやあああああっ!」
揺れる鎖が、不快な金属音立てる。
切っても切っても、茨も蔓も再生される。
しばらくすると、切られないようにするためか
氷塊がブロック塀のように積みあがりだす。
なんだこれは!面白い!面白いぞ!
だが、どこにこんな霊力がある?
そうか!
中央の熱を、王子の霊魂のエネルギーを使っているんだ。
守るべき対象を喰ってるんだ、喰うしかないんだ。
ははは!これは愉快だ!
この娘にとって、微かな希望と究極の絶望は何だ?
「君はそんなに器用なのに、中の宝物の召喚の仕方が分からないんじゃないのか?
かわいそうに…。
彼が出てきて君を守ってくれれば、
こんな苦しみを味わうこともなかったのにね…。
ふふふ。彼の魂は美味しいかい?」
娘がふるふると首を横に振る。
聞きたくないだろう。今、一番聞きたくないセリフだろう?
頭を押さえつけ、また囁く。
「私と取引しないか?
私が君をここから連れ出し、君に死霊術を教えよう。
君は彼と一緒に幸せに生きることができるよ。」
「!?」
急に差しのべられた救いの手に、
娘の心臓が、跳ね上がったのが分かる。
「その代り、君の精神は、君の霊魂は私にくれないか。
彼と幸せになって、愛し合った後でいい。その方がいい。」
本当に救いの手なのか、疑っている。
でも、この機会を逃せば次はないだろうことを
この娘も分かっている。
「ほんと…に…?」
私は頷く代わりに微笑んだ。
これが最初のピースだ。
「………お…おねが…い……します……。」
消え入りそうな声でそういい終わったのを確認し、
娘の身体に、至近距離で攻撃を打ち込む。
ダークソウル。闇属性の死霊術攻撃術。
彼女は、気を失った。