氷花の指輪
(王子に、最後まで話さないつもりか?)
「……あなたは、私なんかの召喚霊もどきになる呪いがかかっているんですよ。
私なんかを愛さなきゃいけない呪いにかかっているんですよって?」
私は、自嘲する。
(姫さん。そんな言い方はするな。
儂は、ニコラスは本心からお前を愛していると思う。
事情を話して、ちゃんとした契約を結びなおせ。
そうしたら、雪を見て指輪の呪いが解けた後も、
お前のそばにいられるだろう?
洞窟の地縛霊に戻るには、王子は世界を知りすぎたよ。)
「いいえ。バラクル。
ニコラスは、知らなすぎなのよ。」
世界を。そして私を。
呪いでつながっている私とニコラスは、正しい召喚霊契約をしていない。
本来なら、戦場で降霊召喚術式を用いて、
ニコラスの霊魂を降霊させ実体化させるのが、正しいのだ。
だが、彼の霊魂は呪いにより私の中から離れることができない。
そのため、先生が考えてくれたのが、
私の中に眠る彼の部分だけを抜き出して実体化する、実体化術式。
彼という存在そのものを実体化しているのだ。
まるで彼の情報を元に彼を生者として蘇生させるような、暴力的な術構成。
だから、彼は普通の召喚霊のように、霊魂で漂うことはできないし、
実体化したその身体を破壊されれば、その存在は消滅してしまう。
それでも彼は、私の死霊として共に戦ってくれる。
いや、戦わせているのだ。呪いの力で。
こんな不安定で危険な状態なのに、
彼がいつも隣にいてくれる、それだけで幸せだった。幸せすぎた。
彼にはこのことを話していない。
彼は今でも自分が私の召喚霊で、降霊召喚されているのだと思っているだろう。
指輪が外され呪いが解けるまで、召喚霊契約を結びなおすことは難しい。
そうか、指輪を外して、彼が洞窟に戻ってしまったら、
正しい契約をしに、またあの洞窟へ会いに行けばいいんだ。
そんな勇気が、私に残っていれば。
そんな時間が、私に残されていれば……。
(儂は、姫さんが死んだら、どうなってしまうか自分でもわからん。
それくらいには、姫さんと過ごした日々を大事にしていた。
だから、姫さんが死ぬ前に、ニコラスを消すことを考えない日はない…。
それで姫さんが少しでも長く生きられるなら……。)
「……ニコラスが消えてしまったら、
今までの私に何の意味もなくなってしまうよ。
私も考えたことがないわけではないから、あなたを責められないけれど、
やっぱり、わたしはニコラスと一緒に雪を見たいな。」
出会ったときにすでに決まっていたんだ。
「それに、結局、雪を見た時点か、ニコラスが消えた時点で
私はこの身体を捨てると思う。
生きたまま先生のところには戻りたくないから。
先生に、身体をいじられるのには慣れてしまったけれど、
ニコラスがいない状態だと、きっと私はすぐ壊れてしまう。
それが悔しいから、戻るなら霊魂だけで戻るって決めてるの。
あっ。私が先生の召喚霊になることができたら、
バラクルは、兄霊?ってことになるのかな。ふふ。」
(姫さん……。)
扉付近から、這ったままベッドの方に移動する。
ベッドに手をかけ、重い身体を起こす。
ひんやりしたベッドカバーが熱っぽい頬に気持ちいい。
急に身体が、心が、唇が切なくなった。
「……ねえ、今ニコラスとキスしたいなって思ったんだけど、
これは、イケナイこと?」
(はっ?いきなりなんてこと言うんだ。
……イケナイわけは、ないだろう。
それに、キスしたら霊力も回復して身体も少しはよくなるかもしれないしな。
呼んできてやろうか?)
「ふふふ。冗談だよ。
イケナイことじゃなくても、
求めちゃだめなことくらい…分かって……る。」
意識が遠のく……。
ニコラス……。
私の愛する……人。
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バラクルに呼ばれて、マスターの部屋に入ってみると、
ベッドに上体だけ預けて、床に座り込んでいるマスターがいた。
寝ているというには、あまりに苦しそうな表情をしている。
抱きかかえ、ベッドに横たえる。ブーツも脱がせてやる。
……その身体のあまりの軽さに、驚いた。
(すまんな……。身体があれば自分でやったんだが……。)
「いえ……。あの、マスターは何か病気を患っていたりするのでしょうか……。
少し前から具合は悪そうでしたが、
最近特に苦しそうな顔をしていたり、ぼーっとしていることが多いようで。」
(……いや。雪が待ち遠しくて、はしゃぎすぎていたのだろう。
全く子供だからな。少し落ち着かせればよくなる。)
バラクルは霊魂状態なので表情はわからない。
だが、とてもつらそうな顔をしているだろうと思った。
「あなたも、マスターと同じで、隠し事をするのが下手ですね……。」
(……。)
「雪が降ったら、きっと元気になりますよね……。」
そんな私のセリフに、
バラクルが息を飲むのが分かった。
(雪が降ったら……。もう……。)
突然、バラクルから強大なエネルギーを感じた。
まるで私を絞め殺すかのような圧力だった。
「夕食の準備ができましたが、どうかなさいましたか?」
そんなセリアの声で、バラクルの圧力が霧散した。
私はほっと息をつき、セリアには、マスターが疲れて寝てしまったと説明した。
「あら、では、起きた時に食べられるよう
栄養のつきそうなお粥でも用意しておきましょう。
夕食は、ニコラスさん、ご一緒しませんか?
バラクルさんは、アリスさんについていてあげてください。」
(まあ、儂は食事は摂れないからな。行ってこい。)
私も摂る必要はないのだが、従うことにした。
折角の皆で集めた食材がもったいないし、
腕を振るってくれたセリアにも申し訳ない。
セリアがバラクルの方を振り返り、軽く頷いた気がした。