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氷花の指輪

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13.月夜の雪



ニコラスは知ってしまった。
私の傲慢さを、醜さを、そして虚勢を……。

彼が真実を知ってなお、愛していると言ってくれたことが理解できない。
いや、この私が呪ったのだ。
彼の感情さえ、私の手中にあるのだ。
彼の本心は、あの涙のほうなんだ。

裸足で走った足の裏の痛みが、心の痛みを和らげる。
5年前からそうだった。
一番痛かったのは心。それを、別の痛みで覆い隠す。

月が出ている。今夜はそれを覆い隠す雲がない。
雪山の森は、しんと静かで、私の激しい息遣いだけが異質だった。
凍てついた大地に染み込む、血の赤だけが鮮明だった。

「げほっげほっ……。ぐぅっ……。はぁ、ああ……。」

血は足の裏から逃げるだけでは気が済まなかったようだ。
落ち葉の上に倒れこみ、身体の内側からこみあげるものを吐き出した。
心の苦しさも、切なさも、全て吐き出したかった。

仰向けになり、5年前のあの月夜を思い出す。
最期に見るのは月夜の雪が良かったなと思う。彼と一緒に……。

結局、彼を傷つけてしまった。
もっと良い方法があったのではないかと、
彼と一緒に過ごした思い出のページをどんどんめくってしまう。
そして、その度に彼への思いが溢れてきてしまう。

(ニコラス……。ごめん、ごめんね……。)


そんな私に近づいてきてくれるのは彼ではなく、やはり敵なのだ。
彼への思いを心の隅に追いやり、近づいてくる気配に神経を集中する。
敵、黒妖精、3人……。
なにも、こんな時に、来なくてもいいのに。
もうすぐ、追いかける必要すらなくなるのに。

涙と口元の血を拭い身体を起こす。
なんとか立たなくては。
みっともない終わり方は嫌だ。
私のために、私と共に生きてくれたあの人のためにも。

「そこのお前、手配書の女だな?」

「おいおい、そんな恰好で寒くないのか?それとも誘ってんのか?」

血で汚れたぼろぼろのパジャマは、防具としては何の役にも立たない。
でも、私の手には『氷棘』がある。
私の剣となり、盾となってくれると言ってくれた彼との絆がある。
偽りではない!
そうだ、私が死ぬまでは、偽りにはならない!

――― ニコラス!

「マスター!」

彼の声がした。ここに来るはずのない彼を感じた。

「マスター。ここは場所が悪い。
 少し開けたところまで走りますよ。」

そういって、私を抱きかかえニコラスが走る。
あっけにとられた追手が、我に返りそれを追う。


もう二度と感じるはずのなかった彼のぬくもりに
私は溶けてしまいそうだった。

彼の背に手を回し、彼との距離をもっと縮める。
今だけ、今だけでいいから許して……。お願い……。

---

雪のうっすらと積もる落ち葉の森は、想像していた以上に走りにくい。
腕の中のマスターに衝撃が伝わらないようにしているが、
彼女の呼吸もだいぶ苦しそうだ。

あの後すぐに追いかけてよかった。
手遅れになるところだった。
追手に捕まるか、寒さに倒れるか、どちらにしろ最悪だ。

そんな別れ方、私は認めない。
私の腕の中以外で逝くなんて認めない!

だいぶ走ったが、開けたところが見つからない。
バラクルが呼び出せない今、彼女の戦力は私だ。
蜘蛛たちを呼ぶにしろ、ゾンビたちを召喚するにしろ、
障害物が少ないほうがいい。

急に眼前が開けた。
森が唐突に終わり、切り立った崖になっていた。
川が侵食した峡谷のようだ。
深い。このままのスピードで進むと落ちる。
対岸は…見える!

「マスター。飛びますよ!」

抱いた手に力を込めて、もっと強く引き寄せて。
戸惑いがちに私の背に回していた彼女の腕にも力が入る。
崖を蹴り、飛ぶ。
輝く月が、スローモーションで視界を流れる。

だが、私の月はすぐそばにあった。
優しい香りのする金色。
私をそっと包み込んでくれる光。
不安定に満ち欠けする臆病な魂。

――― ああ、この気持ちが偽りなはずがない。
     私は本当に彼女を…愛しているんだ…。

あの人形に、マスターへ声をかけるように促されたとき、
あのセリフしか浮かばなかった。
そうだ、涙が出るほど嬉しかったのだ。
目の前の女性が、必死で自分の愛を欲してくれていたことを、
目の前の女性を、心から愛することができたことを。
マスターとしてではなく……。
呪いでもなく……。

ゆうに15メートルを超える幅を、ぎりぎり飛び越える。
流石に、かっこのいい着地はできず、
彼女の身体を守り、ごろごろと転がる。
近くの木にぶつかり、止まる。
対岸は雪がだいぶ積もっていて、衝撃は思ったより少なかった。
だが、彼女の身体は……。

「大丈夫ですか!?マスター!あっ……!」

「あっ……。」

雪が……降っていた。
抱きあったまま、それを…見た。

ぶつかった木に積もっていた雪の大部分は一気にドスンと落ちてきたが、
残ったその一部が、舞い落ちてきたのだ。
輝く月に、キラキラと輝いて…。

――― 本当に美しい。
     キノコの胞子とは全然違う…。
     これを一緒に見るために、この日のために私たちは…。

マスターが起き上がり、雪の上に膝をつき、
両手に雪をすくい、空へと放った。
何度も何度も、力いっぱい放った。

キラキラ輝き、舞い降りてくる微細な粒子が、心にまで積もる。 
同時にこみ上げてくるのは、切なさ。
雪を見上げて泣きそうな顔をしている彼女に
後ろからブランケットをかけ、そのままそっと抱きしめた。
私の熱を、彼女の凍てついた心に届かせたかった。

作品名:氷花の指輪 作家名:sarasa