氷花の指輪
「……本当にいいんですね。」
「うん。だめだったら後でバラクルのところに化けて出よう。」
「いいですね。私もバラクル王には言いたいことがあるんです。
では……。」
残りの半分もまた私が口に含む。
身体を起こしかけていたマスターが驚く。
「えっ!?」
そして、彼女の頭を押さえ、私の口から彼女に口へ。
のどが動くのを確認し、口を離す。
「んっはっ。…口移し……なんて……。」
「嫌でしたか?」
「……びっくりしただけ。
ニコラス。なんか、……積極的になったよね。」
もじもじしながら彼女が言う。
「左手の指輪がなくなってしまって、
隙あればキスする場所を探しているんですよ。」
「……もう。」
彼女の手に、自分の手を重ねる。
薬が効いて来れば、この身体はもう動かなくなってしまうかもしれない。
ぎゅっと抱きしめる私の背中に、戸惑いがちに軽く添えられる手も、
ベッドに腰掛けぱたぱたと動かすのが好きな足も、
見つめるたびに、可愛く色づく頬も、
近づくたびに、表情豊かに動く瞳も、長い睫も。
敏感でくすぐったがりな長い耳も。
「……アリス、どうですか?何か体調に変化は?」
「うん。よくわからない……。
確かに、なんか胸が熱くなって、
身体がふわってするような感じがしてきた……。
あれ、んん……。
何かおかしくなっちゃったみたい。ニコラス……。私……。」
そういって、彼女は私の腕から少し離れ
震える両手で私の頬を包み、私の唇に自分の唇を合わせた。
コロンと、軽い音を立てて、空になった薬瓶が床に転がった。
「アリス……。」
高熱の影響か、熱っぽくうるんだ瞳。
上気した頬…。火照った肌。
背中に回した私の手が、ほんの少し動いただけで震える身体。
彼女の全てが愛おしかった。
そのまま私たちは、何度も何度も唇を重ねた。重ね続けた。
二人で飲んだあの薬は、媚薬だったのだろうか。
それとも、彼女の纏う、甘いリンゴのような香りが二人を惑わせたのだろうか。
苦しげに息を継ぐ彼女。
追い打ちをかけるようにそれもすぐにふさぐ。
今まで彼女が感じてきたどんな苦しみも、この甘い苦しみで上書きしたい。
汗が光る額。乱れた美しい髪。
熟れたザクロのように赤く染まった、彼女濡れた唇を親指で拭う。
「アリス……。少し痛くしてもいいですか……。」
彼女の瞳がうっすらと開き、ゆっくりと頷く。
パジャマのボタンを一つ二つと外し、首元をはだけさせる。
そして、露わになったの白い首筋に、歯を立てる。
「……っ。ん……。」
血の味も、汗の味も、身体の匂いも
彼女の痛みに耐えながらも甘くなっていく押し殺した吐息も……。
狂ってしまいそうだ。泣いてしまいそうだった。
「ずっとずっとこうしたかった……。
あなたに新しい傷をつけたかった。私の証を刻みたかった……。」
血のにじむ傷口をゆっくりと舐めあげる。
その度に彼女の身体が震える。
金の髪が揺れ、美しい鱗粉が舞うかのようだった。