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氷花の指輪

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「アリスの死後、通常でしたら、死霊術師と死霊の主従関係が解かれ
 アリスと私の霊魂は離れることになります。
 アリスの最初の呪いが解けてしまった今、
 そうなることは間違いなかったでしょう。

 ですが、今回再び、より強力な呪いをかけることで
 生きている間だけでなく、
 死後も二人の霊魂が離れ離れにならないようにしました。

 呪いの対象は、死後のアリスの霊魂。
 私とアリスの霊魂はひとつとなり決して離れず、
 どちらかが消滅した場合は、もう片方も必ず消滅するように呪いました。
 また、彼女の死後、
 その霊魂が実体化されない状態が続くと彼女の霊魂は消滅します。 

 呪いを解くための方法はふたつ。
 私が彼女の霊魂から指輪を外すこと。
 もうひとつは、彼女に私以上に愛し合える人ができた場合、
 私が決められた別れの呪文を唱えること、です。

 ちなみに、彼女が生きている間は呪いの効果は発動しませんが、
 同様の方法で解呪は可能です。」

男は最初驚いていたが、
顎に手を当て、少し考える様子を見せた。
疑っている。どこかに偽りがないか、どこかに綻びがないか。
この呪いの話自体を疑っている。
だが、乗ってくる。必ず。

「ふむ。
 霊魂がひとつとなり決して離れない……。という状態がよくわからないが、
 たとえば、アリスの霊魂を人形の器に入れたり、召喚霊として契約する場合、
 お前の霊魂もついてくる、ということか?」

「その認識で間違いありません。
 二人でひとつの霊魂、二重人格の魂になると思っていただければ。」

「特殊霊魂だと思えば、研究のし甲斐もありそうだが、
 ふたりがセットになるというのは、いただけないな……。
 ところで、先ほどのが呪いのすべてか?」

私は、首肯する。

「……解せぬな。
 その呪いの目的が見えない。
 死んだ後も一緒にいたいだけなら、消滅条件を増やす必要はない。
 特に、実体化うんぬんはかえってマイナスだ。
 召喚体ではなく実体化?私に霊魂を取り込ませたいのか?
 解呪方法の二番目も意味不明だ。
 自分より好きな奴ができたら別れてあげましょうって、
 ずいぶんと愉快な結婚の契約だな。
 そして……。
 アリスが生きている間は呪いが発動しないというのも、穴でしかない。」

「バラクル!」

男の術式発声で、濃紺の影が召喚される。
ほんの少し会わなかっただけなのに、その姿を本当に懐かしく、温かく感じた。
アリスも同じ感覚だったのだろう。恐怖の呪縛を解き、声を上げる。

「バラクル!無事でよかった!」

「よう。姫さん。王子。そちらも元気そうで何よりだ。」

「バラクル。無駄口を許した覚えはない。
 まあ、別れの挨拶くらいさせてやってもいいがね。
 ……あの蜘蛛の小僧を消滅させろ。」

その声と同時に、バラクルの大剣が、私に襲いかかる。
すぐそばにいるアリスが息を飲む。
バラクルが寸でのところで、命令に抗っているのか、
その大剣の切っ先は私の胸の前で止まり、微かに震えていた。

「マスター、本当によろしいか?
 儂にはこの者たちの絆が見える。これは何らかの誘いではないか?」

「実体化術式は私が組んだものだ。その身体を殺せば
 その存在も霊魂も消滅するということは分かっている。
 アリスが生きている間は呪いが発動しないというなら、
 今、ソレを消滅させてもアリスの霊魂は消滅しないことになる。
 つまり、私はアリスだけを連れて帰ることができる。そうだろう?」

私は頷く。

「はい。今ならばアリスの霊魂が同時に消滅することはありません。
 ですが、アリスを連れて帰ることはできません。
 アリスの霊魂はすぐに消滅することになります。……アリスが死ねことで。」

彼女の右手を持ち上げ、『氷棘』を彼女の首に突きつける。
『氷棘』に心の中で謝る。お前の主人に刃を向けてすまないと。
アリスはぎゅっと目をつぶっている。

「バラクル王を下げてください。
 まだお話したいことがあります。」

「なるほどなるほど。
 彼女自身が人質というわけか。
 君が消滅した後に、彼女が死ねば、彼女から霊魂を抜いた時
 『死後の霊魂』という扱いになり、君が消滅している状態なので
 彼女も消滅するんだな。
 まあ私なら、君を消滅させた後、一瞬でも隙があれば、
 彼女を絶対に自害できないようにして幽閉することは可能だが。」

「……試してみますか?」

「……いや、この状態だと難しいだろう。
 またの機会にするよ。
 ほかにも話したいことがあるんだろう?」

男が右手を軽く上げ、バラクルを下がらせる。
バラクルがほっとしているのが感じられる。

男が人形の身体でなかったら、場所がこの雪山の宿でなかったら
実際に可能だったのかもしれない。
侮っていたつもりはないが、改めて厳しい相手だと思った。
アリスに突きつけていた短剣を下ろしながら、続きを話す。

「もうお察しいただいていると思いますが、
 この呪いの本当の目的は、今を続けることにあります。
 彼女が生き、私が彼女のそばにあり、あなたがアリスを望んでいる
 今の状態を引き延ばすことです。

 あなたがアリスの霊魂を研究対象にしたいのであれば、
 私を消すことと、彼女を殺すことが望ましくないと理解いただけたはずです。
 彼女の霊魂が消滅するか、私のものと融合してしまうか、
 そのどちらかの結末しかないからです。

 ですから、あなたには、私の霊魂の存在を容認していただくと共に、
 出来る限り長く彼女が生きられるよう、
 引き続き薬の提供や、定期的な診察をお願いしたい。」

「あははは!なんだそれは。
 そういうのを、盗人猛々しい、というのだろう。
 私からアリスを奪おうとしておきながら、そのアリスを生かすために、
 私の協力を当てにしているところが笑えるな!」

男はワンドを持ったまま腕を組む。
とても面白そうな顔をしている。

「だが、それは私の望みとはずれている。
 私の望みは、あくまでアリスの霊魂が私のものになることだ。
 彼女が生き伸びたところで、私の手元にないのなら意味はないからね。
 アリスを殺せない、君も消せない、となると
 面倒だが、解呪を試みるしかあるまい。」

「それでしたら、アリスが生きているうちに、
 2番目の方法での解呪をお勧めします。
 これは、アリスがあなたのために考え、呪いに組み込みました。」

「ん?アリスに浮気させるのが、なんで私のためなんだ?」

「その浮気相手は、あなたを想定しているからです。」

「……は?」
作品名:氷花の指輪 作家名:sarasa