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氷花の指輪

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3.紫煙の魔道書



下水道には、一軒の酒場があった。
地下に沈んだ衝撃で、店はだいぶぼろぼろになっていたが、
気丈な女主人の頑張りで、
暗くよどんだ街の中で、冒険者たちが唯一楽しめる場所になっていた。

「シュシア、こんばんは。」

赤いドレスが似合う、店の女主人・シュシアは明るい笑顔で迎えてくれた。
街についてから何度か、彼女からの依頼を受けるうちに
すっかり顔なじみになっていた。

「あら、いらっしゃい。
 珍しいですね。お二人でお食事にします?」

いつもは、依頼があるときに話を聞いてすぐに去っていくだけの私たちが
珍しく席に着いたのを見て、シュシアが苦笑して続けた。

「とはいえ、今この街だとキノコ料理しかお出しできないんですけどね。」

「外にいたゴブリンさんに聞いたんだけど、そのキノコ料理が絶品なんでしょう?
 …うーんと、じゃあ、キノコソテーとキノコ酒を2人分ください。」

シュシアは、頷いてテーブルを離れた。

「ニコラスが一緒でよかった。
 美味しいお食事を一緒にできるからね。嬉しい!」

「そうですか?それは良かったです。」

嬉しい、と言いながら、彼女はほとんど食事をとらない人だった。
料理の美味しそうなにおいや食材などにはすごく敏感なのに、
いざ食べようとすると、ほんの一口か二口しか口に運ばない。
何か理由があるのかもしれないが、特に聞く必要もないと思った。

「…ですから、マスターの戦闘の方法ですと、
 必ず最初に、敵からの攻撃を一撃は受けるではないですか。
 最初の攻撃は、もう少し遠距離から攻撃できる方法にするか、
 敵が私をターゲットしてから…。」

にこにこしながらこちらを見ている彼女。

「…真剣に聞いていただいていますか?
 マスターがこんなに戦闘ができない方だと思っていなかったので、
 心配しているんですよ。
 少し、いやかなり無駄に霊力を使っている気がするんですが?」

ちょっとトゲのある言い方をしてみた。

本当にちぐはぐなのだ。
鍛えているのか、スラリと引き締まった身体はとても機敏に動くし、
死霊術を使えばそれなりに強い。
それなのに、とりあえず敵を見つけるとその中に突っ込んでいき、
そこで我に返ったように足を止め、
何を思ったか死霊術師の武器である術式構築用のワンドを全力で投げる…。

初めてそれを見た時はあっけにとられ、そして頭を抱えた…。
とりあえずそれをフォローするために、私が霊力を無駄遣いすることになる。

彼女の目の光が少し鋭くなる。
 
「しっかり聞いてるよ。
 ニコラスが私のことちゃんと見ててくれるのが嬉しいの。
 …死霊術を使った戦闘は、ほとんど経験がなくて迷惑かけちゃうけど、
 霊力の供給量は問題ないはずだよ。必要ならもっともっと増やせる。」

――― それを心配しているんじゃないですか…。

降霊召喚型の私の霊力は、
彼女の霊力量と彼女との間の霊力パスの状態で決まる。
彼女が霊力を生み出す方法は、死者の霊魂をその身に取り込んで
その苦しみや嘆きを引き受けることだ。
つまり、霊力の消費が多ければ多いほど、彼女はより多くの霊魂を受け入れ
その苦痛を味わうことになる。

そうやって生み出した霊力を、霊魂同士のつながりにより、
私に伝達するのが霊力パス。霊力の通り道だ。
必要に応じで、私の霊力を彼女に戻すことも可能だ。

今もきっと、先ほどの戦闘で失った霊力を回復するため、
必死で苦痛に耐えてるはずだ。
それを、表に出したことは一度だってない…。

こんなに懐いているように見えても、線を引かれていると感じる瞬間。
死霊術師と死霊、そして、生きているものと死んでいるもの…。
当然、なのだ。

「いえ…。霊力は十分です。ありがとうございます。
 ただ、最近マスターの顔色が優れませんし、
 少し戦闘のペースを落としましょうか。
 私が召喚解除されている間、夜更かしなんかしてませんよね?」

ビクッ!
明らかに、彼女に反応があった。

「してないしてない!あっ!ほら、お酒とお料理来たよ!」

隠し事が下手な人だ。
ただ、話さないと決めたら絶対に話さない。
夜更かしの理由も、
…あの契約の夜から、初めて召喚されるまでの5年間のことも…。

作品名:氷花の指輪 作家名:sarasa