氷花の指輪
テーブルに到着したキノコ酒を二人のカップに注ぎ、今日の無事に乾杯する。
興味深そうに、くんくんと酒のにおいをかいでいた彼女に聞いてみた。
「そういえば、マスターはお酒飲めるんですか?」
「うーん…。たぶん、自分では飲んだことないかな。」
――― 自分では?
「死霊術師は、たくさんの死霊の記憶を見て、経験してしまうから、
時々、自分のことだったのか、
ほかの誰かのことだったのかわからなくなる時があるの。
うーん。えっとね、確か…。
七番街に住んでいたおじいさんがすごくお酒が好きだったはず…。」
誰だそれは…。
「では、ほどほどにしてくださいね。
明日の戦闘に障りますよっ……て、あっ!」
と言っているそばから、彼女は杯を一気にあおった。
「大丈夫よ、おじいさんがあんなにたくさん飲んでたんだから
私だって平気平気。これ不思議な味がするよーニコラス。」
「あーもう…。どうなっても知りませんよ!
記憶の中の誰かさんがたくさん飲めても、あなたの身体とは関係ないでしょうに。」
慌てる私にお構いなしに、キノコソテーに手を伸ばす彼女。
ほんの小さなキノコのスライスを口に運ぶ。
「あっ、面白い味ー。
これさっき私たちが倒したキノコ人間の頭に生えてたやつかな?」
うわ…。想像したら食欲なくなる…。
マイペースな彼女を見て、ふぅとため息が出る。
マスターだからとはいえ、誰か他の人のことでこんなにも慌ててしまうなんて…。
我ながらおかしい。…生きているみたいだ。
お酒が大好きだったそのおじいさんと同じで
自分は悲惨な記憶だけを残して死んで霊となった死霊なのに…。
空になったカップに、もう一度酒を注ぎながら、彼女に聞いてみる。
死霊を取り込み、誰かの記憶や感情を力に変えるというのは
いったいどんな感じなのかと。
「うん…。少し苦しいときもあるよ。
みんな、すごく辛い思いを抱えて死ぬことが多いから。
死ぬ瞬間の恐怖とか、愛する人に裏切られた絶望とか…ね…。
逆に死ぬほど苦しい思いをしてた人の、
もう死んじゃいたい!っていう死への渇望と、
死ねた時の安堵みたいな感情も結構きついよ…。
呑みこまれそうになる。…ふふふ。」
カップを両手で受け取って、彼女が寂しそうに笑う。
「だからきっと、この力を『呪い』っていうんだと思う。
でもね、みんなの辛かった思いを一緒に感じて、癒してあげて…。
そうすることで、力を貸してもらっているからね。
頑張らないといけないなって思うの…。」
「そうですか…。そうですね。」
自分で聞いておいて、かける言葉が見つからなかった。
自分も彼女を苦しめている死霊の一人なのだから。
彼女の笑顔を見るたびに、胸が締め付けられるような不安を感じる時がある。
私が彼女と共にいることは、正しいことなのだろうかと…。
「あれ、ちょ、ちょっとマスター。
顔が真っ赤?いや真っ青じゃないですか。大丈夫ですか?」
のどを潤すように、2杯目を空けた彼女だったが、早くもやばそうだ。
「うー…。んん?ちょっと、顔が熱いような気がするけ…。」
言い終わらないうちに、
盛大な音を立てて彼女は机に突っ伏した。
「あれれ…。おかしいな…。ちゅ…う…わ……できにゃ…い?」
「?何言ってるんですか?全く!
めちゃくちゃお酒弱いじゃないですか。
今、お水もらってきますからね。」
彼女の肩をポンポンと叩いてから、
厨房のほうに水をもらいに行った。
それにしても、今彼女は何を言っていたんだろう。
少し引っかかる…。