機動戦士ガンダムSEED⇔ 第一話 「ヘリオポリスのアスラン
「アスラン」
アスランはキラの呼ぶ声が聞こえた気がした。
「アスラン」
いや、それとも母だろうか? まさか父だろうか?
「アスラン?」
いや、それならこの名前で呼ぶはずが無い、誰だっけ――?
「アスラン!!」
「……え?」
アスランが眼を開けると、眼前にはカレッジの同級生、ニコル・アマルフィの顔があった。
そこでアスランは自分が眠っていたことに気づき、あわてて身形を整える。
「なんだか幸せそう、女の子の夢でも見てたんですか?」
ニコルは柔和そうな、女性と見違えるような顔で微笑んだ。
その後ろで同じく学友のディアッカ・エルスマンも笑っている。
「だらしねえなぁ……アスラン、教授が呼んでるぜ? 今日こそグループワーク終わらせねーと」
「ン……ああ、そうだったな」
アスランは現実に還り、タブレットをPCを抱えると、二人のあとに続いてキャンパスの道を歩いた。
この二人とはカレッジの同じ研究室の仲間である。二人ともオーブ国籍のナチュラルであった。
オーブは南太平洋ソロモン諸島に出来た新興国で、極東の「ニホン」という国が、CEへの改暦の際、島の先住民族らと建国した国家である。
「ありとあらゆる人種を拒まず、ありとあらゆる国家に介入しない」
それがオーブの建国の理念であった。
ゆえに、アスランのようなコーディネイターでもすんなりと留学が出来た。
しかしながら、それでも国土はナチュラルが支配する地球にあるのだ。戦争の火種となりかねないコーディネイターをこうも簡単に受け入れるのは、やはり特殊な事といえた。
そう考えると、アスランの目の前にいる二人も、あながちそうした事情と無関係では無い。
ニコルは地球の東ヨーロッパ系を思わせる白すぎる肌をしていたし、
ディアッカはアフリカ系の血を引くこと強く示す褐色の肌をしていた。
人間が紆余曲折の果てに統一国家を持つようになり、宇宙に出るようになっても尚、人種や民族の問題は色濃く残っていた。
人種や宗教が意味を成さない、遺伝子を調整されて生まれてくるコーディネイター達の間ですら、親や先祖の生まれた国でコミュニティが出来るほどなのである。
だから、こうした人種の混在をなんら問題なく扱っているオーブという国の土壌は、アスランをとても安心させていた。
ディアッカとニコルは、同じ研究室の仲間、イザーク・ジュールの恋の話で持ちきりになっていた。
「女の子と言えば、聞いたか? イザークのヤツ」
「フレイ・アルスターですっけ? 凄いですよね」
「アイツもフレイも地球から来た連合の人間だし、実は地球からの付き合いだったりすんのかね?」
ディアッカがアスランに聞いてきた。
「どうだろうな」
アスランには検討もつかない話だった。
イザーク・ジュールは、頭の固い朴念仁といった感じの男だった。地球連合からの留学生で、金持ちの息子と聞く。
なかなかの美男子であるはずなのだが、プライドが高く、ツンとすました性格ゆえか、まるで女ッ気がない。
対してフレイ・アルスターはお嬢様を絵に描いたようで、恋の噂も多く、キャンパスの中でも特に眼を引く女の子だった。
(あの、イザークがフレイ・アルスターとか……)
ありえなくはないし、面白い組み合わせだ、とアスランは興味のようなものをもったが、それ以上は取り立てて実感のわかない話だった。
無理も無かった。そういった事に縁のない少年時代を送ってきたし、
数年前まではそれどころではなかったのだ。
アスランは、そんな自分が、この様なノンキな恋の話に加わっている事をを自覚すると、ひどく奇妙な感覚に陥った――それ以上に、不思議な幸福を感じるところでもあった。
「なにニヤニヤしてんの? お前、何か知ってんのか?」
「別に」
それはアスランにとっては、平和の実感であった。 無意識に、いつまでもこれが続いて欲しいという想いが、そこにはあった。
作品名:機動戦士ガンダムSEED⇔ 第一話 「ヘリオポリスのアスラン 作家名:内山ワークス